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観照

エッセイ

瞑想とは「デタッチメント」の実践である|「分離の感覚」こそが、心を真に自由にする

瞑想の実践をすると「分離の感覚」が育っていきます。ここで言う「分離の感覚」とは、「自分は思考や感情、自我や身体とは別個の存在なのだ」という実感のことです。たとえば、瞑想を日々実践し続けている人は、「自分の思考を観察する」ということが徐々にで...
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ブログ記事

本来の瞑想は「集中」ではなく「識別(ヴィヴェーカ)」である

瞑想の実践においては「識別」が非常に大事です。なお、ここで言う「識別」というのは、「『変化するもの』と『変化しないもの』を区別すること」を意味します。「変化するもの」とは、この世のあらゆる物や事象のことであり、「変化しないもの」とは、私たち...
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ブログ記事

思考も感情も波のようなもの|自我さえも本当のあなたではない

瞑想の実践をしていくと、観察力が磨かれていきます。自分の呼吸がどうなっているか。自分の姿勢がどうなっているか。内側でどんな思考や感情が起こっているか。そういったことに気づく力が高まるのです。そして、そんな風にあらゆることを観察し続けていくと...
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ブログ記事

【補足記事】「無努力の受動的な覚醒」を培うスモールステップのご紹介

ひとつ前の記事で、「探求の後半戦」において「無努力を育てる」という方向性を書いたのですが、実践する上で指針となるような、「もう少し具体的なこと」についても付け加えて書いておこうと思います。なお、元記事はこちら。【元記事】探求の後半戦における...
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エッセイ

「苦しみと同化すること」こそが、「苦しみ」を苦しまなくなるための道である

瞑想を実践している人の中には、「どんな思考や感情が湧いてきても、それから離れて立っていないといけない」と考えている人もいます。私も過去にはそのように考えていました。ただ、今は少し違う立場を取るようになっています。今回はその話をしたいと思いま...
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