何者にも束縛されない「心の自由」について書いた記事をまとめています。
エッセイ 「わからないこと」はわからないままでいい|私が瞑想によって確かめることのできた3つのこと
私には「わからないこと」がたくさんあります。たとえば、「死後の生があるのかどうか」を私は知りません。「輪廻転生が本当にあるのか」も私は知りません。「神が実在するかどうか」も私には何とも言えないです。私に言えることは、「自我というのは虚構であ...
エッセイ 「自分は存在しない」という真理に触れて、自暴自棄になってしまう人々
瞑想の実践をしていくと、どこかの段階で「自分という実体はどこにもない」と気づきます。はっきりとした実体を持った「自己」というのは存在せず、「これこそが自分だ」という形で明確に提示できるものがないことに気づくのです。その結果、「今まで自分とい...
エッセイ 瞑想における二つの道|「人としての幸福」を追求する道と、「自我と世界」を解体する道
私は瞑想の実践には大きく分けて二つの方向性があると思っています。それは「人としての幸福を追求する道」と「悟りに至るための道」の二つです。今回の記事では、この二つの道について説明していこうと思います。◎「人としての幸福」を追求する道瞑想につい...
ブログ記事 「今ここ」に深く遊ぶことで、「時間」と「空間」は溶解する|「未来」に絶えずジャンプすることで、「今」を取り逃す構造について
◎未来にジャンプしていると、人はイライラしてきてしまう瞑想をしていると、イライラして落ち着かなくなることがあります。これにはいくつか原因がありますが、中級者が陥りやすいのは、「結果を早く得たい!」という欲求に突き動かされて焦ることです。そも...
ブログ記事 【メルマガの記事共有】「明け渡し」のための道について
今朝、メルマガのほうで「明け渡し」についての記事を書きました。ただ、内容として役に立つ人が多そうに感じたので、メルマガの会員だけに限定せず、全面的に公開します。「自力」が全て尽き果てた時、「明け渡し」は自然発生する「自分の苦しみを終わらせた...
エッセイ 「今ここ」と「時間の果て」の往復運動|自我の満足など、数万年の時間の前では些事である
昨日、講話動画にも撮ったのですが、最近、「細かいこと」が気にならなくなってきました。私はもともと細かいことが気になる質で、物事をきっちり片づけておかないと落ち着かないところがありました。「物事をやりかけのままほっておく」ということがなかなか...
エッセイ 瞑想をして何の意味があるのだろう?|「渇いた認識」の先にある「自由」と「幸福感」について
「瞑想をして何の意味があるのだろう?」そんな疑問に憑りつかれたことはありませんか?瞑想の実践が順調に進んでいくと、どこかの段階でこの問いに囚われるようになっていきます。そのような事態は、実際に内側が静かになってきて、特に努力しなくても思考し...
エッセイ 「全人類自由化計画」進行中|私はただ、全ての人に「自分自身」であってほしいだけ
今日は、月の一度の岡山での瞑想会の日です。まぁ、今月は海外から友人が来るので、別日にもう一回瞑想会を開くことになっていますが、本来のレギュラー開催日は今日になっています。思えば、これで三回目の開催になります。…ん?まだ三回?なんか主観的には...
エッセイ 「自分は不自由だ」という、ささやかな嘘|あなたの「自由」を制限できるものは何もない
一か月前くらいから、毎朝5時半から30分、坐禅の配信をしているのですが、最近「もっとたくさん坐りたいなー」と思うようになってきたので、数日前から夜にも坐禅の配信をするようになっていました。しかし、そうして実際にやってみてわかったのですが、私...
エッセイ 「ためにならない情報」も、ためになる|「お役立ち情報」ばかりが溢れていることの息苦しさ
このところ、毎日ブログの更新ができています。なので、今日も今日とて何か書いてみましょうかね。そもそも私はいつも夜中の2時くらいに起きて、明け方まで文章を書いたり動画を撮ったりする生活リズムで生きています。私にとっての「ゴールデンタイム」は午...
