当ブログの文章と筆者の著作物は全て著作権フリーですので、どうぞご自由にお使いください。

陰と陽

「善と悪」「男と女」「希望と絶望」など、二元論的な価値観について扱った記事をまとめています。

ブログ記事

苦しみの「奴隷」ではなく「主人」であること

最近、「苦しみを胸で味わわずに、離れたところから観照して流す」という実践をしているのですが、やっていく中で、あることに気づきました。それは、苦しみを観照して流すためには、「苦しみの奴隷」であってはならないということです。そもそも、私が苦しみ...
0
エッセイ

「苦しみ」とは、心を洗うシャワーである

今日、私の住んでいる地域では雨が降っています。このところ、雨があまり降っていなかったので、少し新鮮な気分です。私たちの心にも、時には雨が降ることがあります。たとえば、悲しみが湧いてくることもあれば、不安に囚われることもあると思います。なかな...
0
エッセイ

「JOMO」から「ROMO」へ|もしも「努力」が尽きた時、人は「安らぎ」へと流される

私も最近知ったのですが、世の中には「FOMOフォーモ」という言葉があるそうです。これは、「Fear Of Missing Out」の略で、「取り残される恐怖」を意味している語です。SNSをやっている人は、身に覚えがあるかもしれません。たとえ...
0
ブログ記事

「中道」は「自分のしていること」にうんざりした時、自然と起こる

以前、「父性原理」と「母性原理」について記事を書いたことがあるのですが、このことについて、再度、もう少し具体的に考えてみたいと思います。ちなみに、前に書いた記事はこちらです。【関連記事】「内なる父」と「内なる母」が一つになる時、人は本当の意...
0
ブログ記事

「幸福」と「苦しみ」は二つで一つ|「二元性」を持ち込まず、「全体」を生きる方法について

私はブログの中で、「幸福を味わいましょう」と言いつつ、「苦しみを味わいましょう」とも言います。なので、人によっては混乱するかもしれません。「ポジティブに生きるべきなのか、ネガティブを受け入れるべきなのか、いったいどっちなんだ?」と思う人もい...
0
エッセイ

人は「透明」になった時、「自分の色」に辿り着く

大人になってから検査をしてわかったのですが、私には発達障害的な特性があります。診断名としてはASD(自閉症スペクトラム症)で、他人の気持ちに共感する能力や、話の文脈を理解する能力の欠如を伴います。同時に、「特定のルーティン」に強いこだわりを...
0
エッセイ

「家」の中に閉じこもる人々と、「幽閉された心」について

2月の瞑想会の日が近づいてきたので、ぼちぼち「何をするか」を決めていこうと思っています。ただ、「実際に何をするか」は、当日になってみないと私にもわかりません。なぜなら、「当日すること」は、その日来る人の顔色やテンション、私自身の心の動きや思...
0
エッセイ

【道元に対する批判】真の意味での「現成公案」を目指して

現在、道元の「現成公案げんじょうこうあん」のフレーズを個人的に解説する本を書いているのですけれど、後年の道元は、「現成公案」で書いていたことと反することをしていたように私は感じています。そもそも「現成公案」というのは、「目の前に現れている真...
0
エッセイ

「答えの無さ」の中に留まること

少し思い出したことがあるので、文章を書きます。私は数年前、ひどい抑うつ状態に陥っていました。当時は、毎日「死ぬこと」ばかりを考えていて、人生は完全に「真っ暗闇」でした。そして、頭の中ではずっと「早く死んでしまえ!」とか、「お前が生きているせ...
0
エッセイ

「苦しみ」に思い出させてもらったこと

ついさっきまで、一人で「苦しみ」の中に佇たたずんでいました。時間にして、30分くらいでしょうか?こんなに長く苦しんだのは、ずいぶん久しぶりのことです。なんだか、寝ても覚めても苦しんでいた昔のことが思い出されて、懐かしい気分になりました。「そ...
0