当ブログの文章と筆者の著作物は全て著作権フリーですので、どうぞご自由にお使いください。

自我

ブログ記事

人々が探している「自分」とは何か?「自分探し」と「自己理解」が、真理の探求とすれ違う時

「自分探し」という言葉が、一昔前に流行りました。いえ、もう二昔くらい前の話かもしれませんね。いずれにせよ、かなり多くの若者たちが、「自分」というものを探していたわけです。しかしそれは、探求者が「自己(セルフ)」について探求するのと、何か違っ...
0
ブログ記事

思考における「三つの層」|瞑想をすると、本当に考えることができなくなるのか?

瞑想の実践を始めたばかりの頃には、「瞑想をすると思考が無くなると言うけど、本当だろうか?」と疑問に思う人がいるかもしれません。もちろん、それは本当のことです。でも、私がそのように答えると、「じゃあ、瞑想をするとものを考えることができなくなっ...
0
ブログ記事

【瞑想の実践における壁】思考や「自我」を切り分ける、「識別(ヴィヴェーカ)」の段階的成長

探求の世界に「識別(ヴィヴェーカ)」という言葉があります。いったい何を「識別」するのかというと、「意識」と「意識でないもの」とを切り分けます。なお、「意識」については、以下の記事が参考になります。【第7回】世界はなぜ「この自分」からしか見え...
0
全記事カテゴリー

【第12回】「瞑想」の第四段階《理論と実践》|「自我」は「虚構」に過ぎないと理解する

前回の記事では、「瞑想的な日常生活」を実践することで、「非常に大きな気づき」が起こるという話をしました。その「気づき」とは、「『自我』と『自分』とは別のものである」という気づきです。【第11回】「瞑想」の第三段階《理論と実践》|「自分は観察...
0
全記事カテゴリー

【第11回】「瞑想」の第三段階《理論と実践》|「自分は観察者だ」という錯覚に気づく方法

「第10回」と「第10.5回」の記事で、瞑想の第二段階である「集中しない瞑想」について解説し、それとの関連で、前回は「退屈」についての「特別記事」を投稿しました。【第10回】「瞑想」の第二段階《理論編》|二種類の「サマーディ」を知ることの意...
0
全記事カテゴリー

【特別記事】「退屈」とは何か?|「何もしないこと」の中に留まったほうがいい理由

前回と前々回とで、私は瞑想の実践における第二段階について説明しました。【第10回】「瞑想」の第二段階《理論編》|二種類の「サマーディ」を知ることの意味について【第10.5回】「瞑想」の第二段階《実践編》|「無意識の力」を伸ばす「集中しない瞑...
0
全記事カテゴリー

【第10.5回】「瞑想」の第二段階《実践編》|「無意識の力」を伸ばす「集中しない瞑想」

前回の記事では、瞑想の第二段階である「集中しない瞑想」の実践に入る前に、まず理論的な話をお伝えしました。【第10回】「瞑想」の第二段階《理論編》|二種類の「サマーディ」を知ることの意味について前回書いたのは、「なぜ『集中する瞑想』から『集中...
0
全記事カテゴリー

【第9.5回】「瞑想」の第一段階《実践編》|「無思考の味わい」を知るための呼吸瞑想

前回と前々回の記事で、「瞑想」の実践における第一段階、「集中する瞑想」の位置づけについて説明しました。【第8回】「瞑想」の実践の全体像|四つの段階のロードマップ【第9回】「瞑想」の第一段階《理論編》|なぜいったん「自我」を強化するのか?今回...
0
全記事カテゴリー

【第9回】「瞑想」の第一段階《理論編》|なぜいったん「自我」を強化するのか?

前回の記事では、「意識(本当の自分)」について理解するための「瞑想」の実践について、その全体像を示しました。【第8回】「瞑想」の実践の全体像|四つの段階のロードマップ「瞑想」の実践は、全部で以下の四つの段階に分かれています。1,「自我」を強...
0
全記事カテゴリー

【第8回】「瞑想」の実践の全体像|四つの段階のロードマップ

前回の記事で私は、「意識(本当の自分)」とはどういうものかについて、読者の方に考えてみてもらいました。そして、「意識(本当の自分)」と「自分ではないもの(名前、肩書、人格、身体など)」とを同一視すると、そこから束縛が生まれることを説明したの...
0