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自由

ブログ記事

【新作進捗報告】「教師(ティーチャー)」と「師(マスター)」の違いについて

自伝の出版もできたので、次作の「道元解説本」を書いています。とりあえず、今朝の執筆で「まえがき」と「第一章」が書き終わりました。今のところ、文字数は一万文字ちょっと。予想では、五万文字くらいでフィニッシュするのではないかと思いますが、これば...
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エッセイ

「大事なもの」は目に見えない|「目に見える数字」を追わないことの意味について

「数字にならないもの」というのは、ほとんどの人には理解できないのではないかと思うことがあります。たとえば、私は昔、まだ十代の若者だった頃にダンスを稽古していたのですが、当時の私は「数字にできること」しか理解できませんでした。その頃の私はブレ...
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エッセイ

「躁状態」と「自立しつつある状態」の違いについて

昨日、「一般的に、精神医学は『異常』と『超常』の見分けがつかない」と書きました。「世間の常識」と「精神医学」が見落とすもの|「異常」と「超常」の違いについて人間の生命力が内側から開花すると、当人は非常にエネルギッシュに「自分の活動」をするよ...
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エッセイ

「苦しみ」を愛するための道

自伝の入稿も済んだのですが、改めて読み返していて、我ながら「よくもまぁ、これだけ苦しみ抜いたものだ」と思いました。もちろん、「苦しみっぱなし」というわけではないのですが、落ちる時にはとことん落ちて、過去の私はひたすら苦悩していました。でも、...
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エッセイ

「世間の常識」と「精神医学」が見落とすもの|「異常」と「超常」の違いについて

精神分析の祖であるフロイトは、非常に鋭く、かつ深い洞察を、私たちの世界にもたらしました。彼は人間の無意識というものを定式化し、私たちが思考や感情を抑圧して生きていることを示したのです。しかし、あくまでも彼は「病人」だけを相手にしていました。...
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エッセイ

「天に従う」ということの意味と、世間に広がる「スピリチュアル」に対する批判

私は最近、「天に従う」という表現をよく使います。「もしも天に身を委ねれば、『起こるべきこと』が起こるだろう」とも言います。それゆえ、人によっては、私の言うことをいわゆる「スピリチュアル系の話」として受け取るかもしれません。しかし、これについ...
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エッセイ

自分の人生をコントロールしようとしないこと|あえて「馬鹿」になって生きる効用について

ちょっと思ったことがあるので、ブログで文章にしておこうと思います。私は約一週間前に、一気に四冊の本をAmazonで出版し、今日、新しい本の入稿を終えました。おかげさまで、出版済みの四冊の著作はそれなりの販売数を記録しまして、この調子なら今月...
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エッセイ

【次回作の構想決定】道元禅師の「現成公案」解説本を書きます

まだ自伝の校正作業中ですが、「次の書籍」のアイデアが降りてきました。次回作は、道元禅師の「現成公案」の有名なフレーズを私なりに解説する本を書こうと思います。非常に有名な部分なので、知っている人も多いと思います。仏道をならふといふは,自己をな...
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エッセイ

人は、真に「無私」になった時、「天」の導きに従って、ただ「為すべきこと」を為すようになる

私は文章を書く時は、基本的に何も考えないことにしています。多くの人は、文章を書くことを「考えること」だと思っているでしょうけれど、私にとっては違うのです。言葉は「向こう」から勝手にやってきます。それは私に意図してコントロールすることのできな...
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エッセイ

「現実」と「虚構」のオセロ|「身体に根付く者」と「頭で思索する者」の対比について

自伝を書いていて思ったのですが、私の言っていることは、頭だけで考えている人には「空疎な綺麗ごと」に聞こえるのではないかと思います。私は「幸福」とか「自由」という言葉を頻繁に使いますが、これらの言葉を「頭だけで思索する人々」は「実体のない虚構...
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