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執着

エッセイ

人は、真に「無私」になった時、「天」の導きに従って、ただ「為すべきこと」を為すようになる

私は文章を書く時は、基本的に何も考えないことにしています。多くの人は、文章を書くことを「考えること」だと思っているでしょうけれど、私にとっては違うのです。言葉は「向こう」から勝手にやってきます。それは私に意図してコントロールすることのできな...
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エッセイ

「内なる父」と「内なる母」が一つになる時、人は本当の意味で「大人」になる

この世には「父性原理」と「母性原理」というものがあります。これら二つの原理は「陰」と「陽」とに分かれており、「父性原理」は「陽」を司つかさどり、「母性原理」は「陰」を司っています。そして、私たち自身の精神も、これら「陰陽」両方の要素によって...
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エッセイ

「自由な生」とは義務ではなく、その人自身の命が導く必然である

私はブログや書籍の中でよく「身体の声を聴きましょう」ということを言います。たとえば、「今、何を食べるべきなのか」は身体が知っているので、頭で栄養素を考えたりせず、身体が欲しているものをこそ食べたら健やかになれると、私としては思うのです。でも...
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Q&A

「自我」と「魂」の間で生じる綱引き|苦しみと向き合うことで、自動的に理想は放棄される

先ほど、読者の方とメールでやり取りをする中で、非常に重要な論点について触れたので、ブログでも共有しておこうと思います。このところは「身体論」の記事が多かったですが、今回は久々に「真理の探求」についての話です。そのメールでやり取りをした方は、...
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エッセイ

「内側の牢獄」の鍵の在り処

技法の解説書の原稿がとりあえず最後まで書けたので、一休み中です。やはり、こういう「手ぶらの時間」がないといけません。読者の方の中には、私が休みなしでずっと書いてばかりいると思っている人もいるかもしれないですが、全然そんなことはなくて、私は「...
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ブログ記事

【進捗報告】「跡形のない悟り」をどこまでも表現し続ける

あいかわらず執筆を続けています。それで、書くべきことも残り少なくなってきたので、タイトルを決めました。『「自由」とは、深く息ができるということ―呼吸と瞑想で「内なる光」を生きる』これにしました。この本のテーマは「自由」であり、「自由の定義」...
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ブログ記事

野生動物の「擬死」に見る解放の道|身体の硬直は「震え」によって破壊される

先日、身体的な「ブロック」と感情の抑圧との関係性について、記事を書きました。「身体のブロック」と「抑圧される感情」との関係|私たちが「生きる力」を失う理由そもそも、私たちは社会生活の便宜上、全ての感情を表現するわけにはいきません。たとえば、...
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ブログ記事

「自由」とは、「深く息ができる」ということ|プロフィールページ刷新のお知らせ

最近、認識に大きな変化があったため、プロフィールを一から書き直しました。筆者プロフィールその認識の変化とは、「悟りを絶対視しなくなったこと」です。以前は、「人が苦しみから救われるには、絶対に悟りという『ゴール』まで辿り着かないといけない」と...
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ブログ記事

「あなたの光明」を表現してほしい|「真理」という概念を追わず、「自由」という感覚を問う

◎「サット・チット・アーナンダ」は探求を助ける「概念」に過ぎない最近、認識にかなり大きな変化がありました。読者の方と質疑応答をする中で、「悟りとは何なのだろう?」と改めて問い直したことが、きっかけとして大きかった気がします。詳しくは、こちら...
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Q&A

【Q&A】どうやって欲望と向き合ったらいいのか?

今回もQ&A記事となります。今回の質問のテーマは「欲望と快楽」です。《警告》今回の記事には一部、「性的な欲望」について言及する部分が出てきます。ただ、筆者の意図は、あくまでも「欲望と向き合うことで自己と和解し、自由に至るための道筋を示すこと...
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