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自己

エッセイ

「神話」の継承|「道徳」や「律法」の起源について

昨日、少し考えたことがあるので記事にしておこうと思います。それは、私たちの「道徳」と「律法」の起源についてです。最初に断っておきますが、これは一種の「神話」です。学術的な裏付けがあるわけではなく、私が勝手に「こうだったんじゃないか」と思って...
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エッセイ

「わからない」という「根源的な恐怖」と、そこから逃げるために作り出される「城塞」

私たちの「根源的な不安」というのは、「わからない」ということから来ているのではないかと思います。「未来がどうなるかわからない」「他人が何を考えているかわからない」「自分はどう生きたらいいのかわからない」こういった「わからなさ」が怖くなる時、...
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エッセイ

私が「ルール」を作らない3つの理由|人は「教え」からではなく「自分の経験」から学ぶ

私は「こういう時はこうするように」とか、「この場合はこうしないといけない」とかいった形で、「規則」や「戒律」みたいなものはなるべく書かないようにしています。そこには主に以下の三つの理由があります。そもそも私に「人を言う通りにさせたい」という...
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エッセイ

人は「透明」になった時、「自分の色」に辿り着く

大人になってから検査をしてわかったのですが、私には発達障害的な特性があります。診断名としてはASD(自閉症スペクトラム症)で、他人の気持ちに共感する能力や、話の文脈を理解する能力の欠如を伴います。同時に、「特定のルーティン」に強いこだわりを...
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エッセイ

禅宗における「見性」について|「覚醒」の中で生きる人だけが「生の美しさ」を知っている

新刊の「現成公案げんじょうこうあん・解説本」のkindle版原稿を「ほんわっかぱっぱ」と編集しているのですが、今回の本で、たぶん読者がいちばんつまづくのが、「見性けんしょう」について書いた部分だと思います。「見性」というのは禅宗の言葉で、「...
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エッセイ

「覚醒」から逃げ出す人々|「覚醒」とは「責任の自覚」の別名である

「現成公案」の解説本、第二章が書き終わりました。この章は、「現成公案」の中の有名なフレーズである「仏道をならふといふは、自己をならふ也」を解説する章です。道元は「仏道」と言っていますが、これは彼が仏教徒だからであって、現代風に解釈するなら、...
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エッセイ

「躁状態」と「自立しつつある状態」の違いについて

昨日、「一般的に、精神医学は『異常』と『超常』の見分けがつかない」と書きました。「世間の常識」と「精神医学」が見落とすもの|「異常」と「超常」の違いについて人間の生命力が内側から開花すると、当人は非常にエネルギッシュに「自分の活動」をするよ...
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エッセイ

【次回作の構想決定】道元禅師の「現成公案」解説本を書きます

まだ自伝の校正作業中ですが、「次の書籍」のアイデアが降りてきました。次回作は、道元禅師の「現成公案」の有名なフレーズを私なりに解説する本を書こうと思います。非常に有名な部分なので、知っている人も多いと思います。仏道をならふといふは,自己をな...
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エッセイ

「現実」と「虚構」のオセロ|「身体に根付く者」と「頭で思索する者」の対比について

自伝を書いていて思ったのですが、私の言っていることは、頭だけで考えている人には「空疎な綺麗ごと」に聞こえるのではないかと思います。私は「幸福」とか「自由」という言葉を頻繁に使いますが、これらの言葉を「頭だけで思索する人々」は「実体のない虚構...
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ブログ記事

「あなたの光明」を表現してほしい|「真理」という概念を追わず、「自由」という感覚を問う

◎「サット・チット・アーナンダ」は探求を助ける「概念」に過ぎない最近、認識にかなり大きな変化がありました。読者の方と質疑応答をする中で、「悟りとは何なのだろう?」と改めて問い直したことが、きっかけとして大きかった気がします。詳しくは、こちら...
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