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【講話・第九回文字起こし】体験は「広さ」ではなく「深さ」が大事

今回も講話動画の文字起こしを掲載します。

テーマは「体験の広さと深さ」についてです。

世の中では、「広くいろんな経験をすることが大事だ」と言われることもありますが、私は「広さ」だけでなく、「深さ」も大事だと思っています。

今回は、そんな「体験の深さ」についての話です。

本編動画はこちら⇓

以下、文字起こしした内容に、読みやすいよう手を加えたものを掲載します。

◎前置き

はい、講話の第9回です

今回のテーマは「体験の広さと深さについて」ですね

「広さ」と「深さ」というのは、要するに「水平方向」と「垂直方向」の話です

たとえば、「人は成長する上でいろんな経験をした方がいい」なんて言うじゃないですか?

いろんな仕事に就いて、いろんな業務に携わって

いろんな人と付き合って、いろんな体験をする

「そうすると、人は深みが出て成長するんだ」みたいなことを言ったりしますけど

本当にそうですかね?

一緒に考えていきましょう

◎「自分の経験していないこと」について相談に乗る方法

私の敬愛する精神科医の泉谷閑示先生という方がいて

この人がなかなか変わった先生で、薬物療法を全然しないんですよ

薬を全然出さなくて、話すことだけでクライアントを導いていくんです

それで、その方が本で書いてたんですよね

体験は「広さ」じゃなくて「深さ」が大事なんだって

泉谷先生は精神科医なんで

若い頃から、いろんなクライアントの話聞いてきたんです

泉谷先生は今でこそお年を召していますけど

若い頃なんかは、自分よりも年上のクライアントが相談に来たりしていたわけですよ

人生経験もまだないような、若い頃の泉谷先生は

そうやって、自分の父親よりも年上のような年配のクライアントが相談に来たりすると

やっぱり肩に力が入るっていうことがあったらしいんですね

そういう時、もしも「体験の広さ」が重要なのであれば

もうどうしようもないじゃないですか?

まだ若くて経験の浅い、若き日の泉谷先生は

年配のクライアントの相談に乗れないって話になってしまいます

でも、そうもいかないじゃないですか?

で、「どうしよう?」ってなった時に

泉谷先生は体験の「質」というか、「深さ」が大事なんだと思ったそうなんです

その「深さ」が、体験の「狭さ」をカバーする鍵であると、泉谷先生は気づいたわけです

◎広くいろいろなことを学びすぎると、かえって混乱が深まってしまう

そもそも、私たちには全ての経験をすることってできないじゃないですか?

たとえば、男性は女性の経験ができないし、女性は男性の経験ができません

でも、「だからお互いの気持ちなんてわからないんだ」って話にするのは

ちょっと乱暴だと思うんですよ

もちろん、男女がお互いにわかりあうのは難しいわけですけれど

でもね

それでもやっぱり、「全ての経験をしないとわからない」というわけじゃなくて

「深く」下に下に掘っていくと、「地下水脈」があるという風に

泉谷先生が本の中で書かれているんです

ありとあらゆるところに張り巡らされている

普遍的な、ものすごい広大な「地下水脈」が地面の下には通っているわけですよ

でも、それは「浅いところ」にはなくて

「深いところ」まで掘らないと、ぶち当たらないんですよね

なので、いろんなところを「あっちを掘って、こっちを掘って」と感じで

「広く浅く」掘ってると、そこまでいかないんです

だから、たとえいろんなことを「広く」学んでも

それらを結びつけて、一つに統合するということができないんですよね

私も過去にダンスやっていたんですけど、似たような経験をしました

最初はブレイクダンスやってたんですよ

高校に入った時に、ブレイクダンス始めて

そこからブレイクダンス1年ぐらいやったらある程度踊れるようになったんで

ロックダンスとか、ヒップホップとか、ハウスとか

他のジャンルのダンスに手を広げていったんです

それで、高校卒業してからダンスの専門学校行って

そこでクラシックバレエや、モダンダンスや、ジャズダンス

コンテンポラリーダンスや即興舞踊なんかもやって

それはもう、いろいろやったわけですよ

そんな感じで、ブレイクダンスから始まって横に横にどんどん広がっていったんです

でも、「1個のダンスを下にとことん掘る」ということはしませんでした

「あっちを掘って、こっちを掘って」っていう具合で

あくまで、「浅く広く」いろんなところを掘ったんです

そうしたら、もうバラバラになっちゃって(笑)

何が何だか分かんなくなったわけなんです

あまりにもいろんなことをやったものだから、収拾がつかなくなったんですね

たとえば、ブレイクダンスとクラシックバレエって身体の使い方が真逆なんです

ブレイクダンスは、猫背になって身体を締めるけれど

クラシックバレエは背筋を伸ばして身体を開くわけですよ

もう身体の使い方が全然違っていて

それにもかからわず、両者を同時にやるもんだから、矛盾が生じてしまったんです

もう「ぐちゃぐちゃになっちゃう」という感じで(笑)

当時の私は、すっかり混乱してしまったというわけです

◎ますます「水平方向」に掘っていって、混乱し続けた修業時代

その後は、合氣道もやるようになったんですけど

その合氣道の道場で、呼吸法とか瞑想法を習ったんですよね

なんだけど、道場であんまりちゃんと教えてくれないから

「なんでこの呼吸法が必要なのか?」とか

「この瞑想法はどういう意味があるのか?」とか、教えてくれなかったんですよ

でも、私としては気になるから、自分で調べたんです

本読んで調べて、良い先生がいたら聴きに行って

たとえば、整体の先生とか気功の先生とか

いろんな先生のとこに行って勉強したのね

そうやっていくうちにいろんな知識を得たんだけど

それもやっぱり「広く浅く」掘ってたんです

「一箇所だけを深く掘る」ってことが、私にはなかなかできなくて

その結果、知識は増えたんですけれど

学べば学ぶほど、いろんな矛盾を抱えるようになって

バラバラになっちゃったんですよね(笑)

全然深まっていかない

人間が深まっていかない

賢くもならないんですよね

「知識の量」ばっかり増えて混乱していくから、賢くもならないんですよ

いろんな知識を無理に詰め込むもんだから、頭が余計に働かなくなったんですね

◎「人生のどん底」を体験した時のこと

なんだけど

その後に合氣道の師範に逆らって破門になったんですよ

「もう出てけ!」って言われて(笑)

当時の私には師範のやってることが間違ってるように見えたから

「ちょっと間違ってるんじゃないですか?」って言ったら

「じゃあ出てけ!」って言われて追い出されて(笑)

その道場には、100人以上の稽古仲間がいたんですけど、繋がりが全部断たれました

当時の私の人間関係って、ほとんどその道場だけだったものですから

破門されたことで、ほとんど社会的に孤立しちゃいました

でも、その時はまだ、付き合ってた女性がいたんです

それで、破門になった後でその人と結婚して、子供も生まれたので

だから、かろうじてその人とは繋がってたんですよね

でも、そうこうするうちに私の中で

破門になって社会的に孤立した経験が尾を引いて

心がねじ曲がっていってしまったんです

要するに、妻に当たるようになっちゃったんですね

ひどいもんでしょ?

心がねじ曲がって逆恨みして、妻に当たるようになっちゃって

それで結局、妻が子供を連れて出ていったんですよね…

そこから離婚することになってしまって

今度こそ、完全に一人ぼっちになっちゃいました

そうこうするうちに精神的におかしくなっちゃって

当時は仕事をしてたんですけど

職場で叫び出しちゃって、物を壊して暴れてしまったんです

こうなると、もう仕事どころじゃないですよね

だから、とうとう仕事もできなくなって、無職の失業者になったんです

そうかといって、新しい仕事しようにも、もう頭おかしくなってるから

「被害妄想」と「自己否定」とがずっと渦巻いていて

働くどころか、日常生活もまともに送れなかったんです

外に出ると、いつパニックの発作が起きて暴れ出すか自分でもわからなかったから

もう外に出るのも怖くて、家に引きこもってたんですよ

それで、ずっとそうしたらお金がなくなってきちゃって

なんとか食べ物だけは買いに出てたんだけど

食べ物を買うお金もなくなりかけて、路頭に迷いかけたんです

社会的に完全に孤立して、失業して金もなくなったっていうね

もう「どん底」まで落ちたわけです

◎「苦しみ」の中で起こった「深い学び」

そんな感じで、当時の私は絶望の中を生きていたんです

それって、ダンスとも合氣道とも、瞑想とも呼吸法とも関係ないんですけど

でも、「体験の質」としては深かったんですね

私は結果的に、「すごく深い体験」をしたわけですよ

そしてその時に、「この苦しみは自分の蒔いた種だったんだな」って心底思ったんです

昔の私は内側の「野心」みたいなのを持っていて

いつも「もっと人から認められたい」って思っていました

そうして同時に、「自分は優れた人間なんだ」っていう風にも思いたくて

「今に見てろよ!」って思いながら、恨めしそうに世の中を見ていたんです

でも、何もかもがうまくいかなくて、誰も認めてくれないままで

「悔しい」「苦しい」

それで、つい妻に当たってしまうっていう

そういう「弱さ」と「醜さ」を抱えてて

そんな「愚かさ」を抱えているにも関わらず

「いや、俺は悪くない!」って言いたくなるっていう

そういう「浅ましさ」も私は抱えていたんです

そして、私はたった独りになって絶望しながら

そういう自分の「弱さ」について、全部自分で見たんですよ

自分で自分を見たんです

「あぁ、そういう人間だったんだ、自分は」って思って

「いや、まあそりゃ人が去っていくわ」と思ったね(笑)

そういう風に

ひたすら苦しみの中でもがいていました

当時はもう毎日毎日、死ぬことばっかり考えてたんですよ

「自分は全く価値のない人間だ」
「生きてちゃいけない人間なんだ」っていう風に思っていて

ひたすら自分を責めていたんです

そんな苦しみの中で、自分を見つめながら一日一日生き延びていって

少しずつね

「自分はやっぱりそういう弱い人間なんだな」
「愚かな人間なんだな」っていうのを認めた上で

「でも、生きよう」っていう風に、一歩ずつ変わっていったんですよね

そしてそれは、かつてダンスを学んでいた時とか

合氣道を学んでいた時とかに体験したことよりも

私にとって「ずっと深い学び」だったんです

◎「地下水脈」を掘り当てた時、全ての知識が繋がり始めた

とにかく、その時に私はようやく「下」に掘ったのね

結局、「苦しみ」というものを通して、私は「下」に掘ったんですよ

ずっとひたすら「下」に掘っていって

「どうやったらここから抜け出せるんだろう?」
「どうしたら幸せになれるんだろう?」ってことを本気で考えたんです

そうして、下に下にひたすら掘っていった

それは何かしらの「道」じゃなかったかもしれないんですけれど

「深い体験」ではあったんですよね

つまり、私は「垂直方向」に行ったんですよ

それまではずっと「水平方向」に行ってたのね

いろんな分野をカバーして、いろんな知識を得て、いろんな技術を身につけて

自分という人間の「スペック」を磨いていけば

「スペックのカタログ」を長くすれば

「きっと人々は自分のことを認めてくれるだろう」って思って

「そうして人々から認められた時、初めて自分は満たされるんだろう」って思ってたんです

だから「水平方向」にばっかり行っていたんですけれど

「人生のどん底」で、とことん絶望した時に

「そういうことを続けても意味はないんだ」ってようやくわかりました

「むしろ、そういうことをしてたから独りきりになったんだ」ってことを素直に認めて

私はようやく「垂直方向」に行ったんです

下に下に掘っていった

「苦しみ」っていうものを通して、私は「地下深く」まで掘ったんです

そうして、「地下水脈」に当たったんですよ

それで、そうなった時に、全てがわかるようになったんです

「あぁ、整体の教えっていうのはこういう意味だったんだ」とか

「ヨーガでいうところのこれって、気功でいうのところのこれと同じことじゃん」とかね

今までバラバラにあっちこっちをちょっとずつ掘って学んでたことが

全部「地下水脈」を通して繋がったんです

今まではいろいろ学んでいながら全部わからなかったんですけど

「下」にひたすら掘っていって、「地下水脈」に当たったら

今まで学んできたものが全部繋がり始めて、一つに統合され始めたんです

私のライブとか見てくださっている方は知っているかもしれないんですけど

私はいつも、いろんなことをつなげて話すんですね

さっきまで整体の話をしてたかと思ったら

同じテーマで、武術の話をし始めたりとか

ヨーガの話してたと思ったら気功の話をし始めたりとか

そんな感じで、いろんなことを繋げられるようになったんですね

そしてそれは、やっぱり「下」に掘っていたからだと思うんです

そうすると、「自分が体験していないこと」に対しても、推測が働くようになるんです

結局、「自分以外の他の人が立っている場所」も

ずっと「下」に掘っていけば、同じ「地下水脈」に当たるはずなんで

そこから逆算して、相手のことが想像できるということが起こり始めました

私自身が全然体験したことないようなことで悩んで相談しに来た人に対しても

私はなぜか答えが出せるようになったんですよね

それは、私自身が根底において「地下水脈」に当たるまで、1回悩んでるからなんです

だから、その「地下水脈」を通して、いろんな疑問に答えられるようになっていったんですよ

◎終わりに

なんで、やっぱり必ずしも「いろんなことをたくさん学べばいい」ってことではなくて

1回とことん「下」に行くことが、大事だと思うんです

「水平方向」じゃなくて、「垂直方向」ですね

それで、ずっと「下」に掘っていくわけです

でも、途中までは不安なんですよ

「一箇所だけ」を徹底して掘っいるから

「ひょっとしたら自分の掘ってる場所は間違ってるんじゃないかな?」とか

「こんなことを続けても何にもならないんじゃないか?」とか不安になるんだけど

それでもとにかく掘り続ける

真っ直ぐ「下」に掘り続ける

そうすると、どこかで「地下水脈」に当たるんですよ

それは「広大な地下水脈」なんです

ありとあらゆる歴史上の賢者や哲人たち

古今東西の全ての人たちに繋がっている、「地下水脈」に当たるんですよ

だからそこまで行くと

いにしえの賢者とか哲人の言ってたことがわかるようになるんですよね

「あの哲学書に書いてあった言葉ってこういう意味だったんだ」とか

「ヨーガのあの教えってこうだったんだ」とかね

古今東西問わず、全ての人の根底に流れる「地下水脈」に

触れられるようになるんですよね

なのでもしも今、あなたがいろんなことを学んでる途上にあって

行き詰まりを感じているならば、「一箇所」をとことん掘ってみてください

「いろんなことを学んでも自分が深まっている感じがしない」って思った場合は

どっか「一箇所」だけ決めて掘るんです

そんな風に、ひたすら「下」に掘るっていうことを

やってみるといいんじゃないかと思いますね

そうすると、結果的には全てわかるようになるというのが、私の経験談なんです

ということで、講話の第9回は、こんな感じで終わろうと思います

ぜひ、「自分の足元をひたすら掘り続ける」ということを

忘れないようにしてください

では、最後までご視聴くださり、ありがとうございました

また次回お会いしましょう

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