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【いつもありがとうございます】当ブログのアクセス時間トップランカーの記録から思うこと

アクセス解析の使い方に習熟し、個々のユーザーのデータをかなり細かく見られるようになりました。

もちろん、わかるのはIDとだいたいの地域だけで、個人を特定できるわけじゃないので、安心してください。

それで、詳しく調べてビックリしましたけど、ブログ開設初期からずっとついてきてくれている人が結構いたことがわかりました。

私は言うことがコロコロ変わるので、初期の人はほとんど脱落しているものと思っていたのですが、そんなことはありませんでした。

ちなみに、アクセス時間トップの人は、履歴を見ると、約一ヶ月半前から継続的に来てくれているみたいで、総アクセス時間は20時間を超えていました。

もう脱帽です。

現在、当ブログでは約180個の記事が公開されていますが、これらを全部読んでも20時間はいかないでしょう。

たぶん、同じ記事を何度もリピートしているか、読んでいる途中で時々立ち止まって熟考したりしているのではないかと思います。

二位の人も15時間ほどアクセスしていて、トップの6人は総アクセス時間が全員10時間を超えてました。

このあたりに人たちは、たぶんブログ初期の頃から私の横をずっと一緒に歩いてきた人たちだと思います。

もはや「ブログの読者」という次元ではなく、「求道的な戦友」というレベルですね、これは。

また、合計で48分以上アクセスしていれば、アクセス時間トップ100に入ってきます。

この辺りは、初期の頃に一気に読んで途中で離脱した人たちと、最近になって入ってきて少しずつ時間を積み重ね始めている人たちが混在しているはずです。

ちなみに、ブログ開設以来、訪れた生身の人間は200~300人くらいなのですが、そのうちの100人がみんな1時間弱ブログに入り浸っているということになります。

一般的なブログは、一人のユーザーが2~3分もアクセスすれば「良いほう」らしいので、全ユーザーの半数近くが48分以上滞在している当ブログは、かなり「変」です。

うちのブログはコメントを書く人もほとんどいませんし、お問い合わせもあまりないので、読者の熱量は見えにくかったのですが、こうしてデータで確認すると、なかなかに「変」な読者が多かったことがわかりました。

もちろん、これらは数字に過ぎません。

時間だけが全てはありません。

実際、一度だけの訪問でも、深く心を揺り動かされて、それまで持っていた価値観がガラガラと崩壊した人もいるかもしれません。

でも、「物理的にこれだけの時間を私に預けてくれた人たちがいた」ということも、また「事実」です。

私が投げたボールはほとんど返ってこないので、「ちゃんと届いてるかなぁ?」と思うこともあるのですが、これはちゃんと届いていそうですね。

となると、ボールが返ってきていないのも、まだ現在進行形で読者が言葉を咀嚼しているところだからかもしれません。

あるいは、私に向かってボールを返すのではなく、「別な誰か」に向かってそれをパスをしてくれている可能性もあります。

私にだけ返しても、それはそれで「」が閉じちゃいますからね。

私が受け渡したものが「別な誰か」に回っていくのも、私としては良いと思っています。

いずれにせよ、多くの人にここまで読んでもらえて嬉しいです。

もちろん、「二か月で数百人」というのは、一般的なブログの規模としては小さいかもしれません。

でも、それこそ、ただの数字だけでは計れないものです。

「読んだ人々の世界がどれだけ揺り動かされたか」
「読者の心がどれだけ動いたか」

それは数字だけではわからないことです。

ともあれ、今後も私は「自分の心」が向くままに好き勝手書いていこうと思っていますので、「同じ方向」に「同じ歩幅」で歩いている間は、一緒に旅していきましょう。

何が言いたいかと言うと、「いつも読んでくださって、ありがとうございます!」ということです。

感謝!

コメント

  1. 荒木正道 より:

    初めまして。愛知県の曹洞宗寺院で住職をしております荒木正道と申します。

    アクセス解析の記事を読んで、ついお便りしてしまいました。

     湯浅和海先生がnote時代に、ネコポンタとしてエッセイを書かれていた頃からのファンです。生来、読書が苦手な私が、こんなに惹かれた読み物は初めてでした。何より、先生の素直なお人柄、さりげない文章の分かりやすさ、読めば読むほど次回が楽しみでした。とくに私が、もがき苦しんでいた瞑想関連の記事は、私のために実践されているかのような新鮮さで迫ってきました。ともすれば難解を装いたくなるような瞑想の表現を、あっさりと素直に分かりやすく、しかも私の理解も超えているような、その文章力にも感心しておりました。

     ところが、あるときブログを覗いてみると、あとかたもなくネコポンタはnoteから消えていました。そのころは実名を公開されていたので、実名で検索させていただきましたところ、内田樹先生との関係悪化など、私生活での問題などを抱えられておられたようで、勝手ながらご心配申し上げつつ、諦めておりました。その後、山家先生の「空白jp」なるブログに偶然出会い、少々難解ではありましたが、瞑想を学ばしていただいておりましたところ、ふいに湯浅先生が登場し、まことに不思議なご縁で再び先生のご講義が聴ける機会を頂戴いたしました。これからもよろしくお願いいたします。

     なお、私も71歳になり、この命あるうちに楽になりたいと念願しております。複雑な思考が苦手な私でも、日常できる「行」を一つお勧めいただけないでしょうか?まだ、自我がそれを望んでおります。不安があります。

    以上

     

    • 湯浅和海 湯浅和海 より:

      >荒木正道さん

      湯浅です、コメントありがとうございます。

      なんと、ネコポンタ時代からの読者の方でしたか。
      私が失踪した後も、空白JPとつながってここまで辿り着かれたとのこと、凄いご縁ですね。

      ネコポンタの時は、勝手に失踪してしまってすみませんでした。
      過去の私の傾向として、ずっと書いていると自分の書いた言葉が重く感じられてしまって、
      それから自由になりたくて、「ブログごと消して姿をくらます」ということをよくしていました。

      ただ、その後、山家さんの導きもあって過去の重荷がどっさり降ろせましたので、
      今後は失踪したりしないと思います(たぶん)。

      ともあれ、こうして再会できて良かったです。
      ネコポンタの時代とは変わった部分も多いかもしれませんが、
      根本的には「そのまんま」だと思いますので、またボチボチ読んでいただければと思います。

      さて、日常でできる「行」についてですが、もっと詳しくお話をお聞きしたいので、
      入力いただいたメールアドレスに、メールをお送りしようと思っています。

      これからメールをお書きしようと思っていますが、
      私からのメールが迷惑メールフォルダに割り振られる可能性もあるので、
      しばし注意して見ていてもらえたらと思います。

      では、またメールでお話ししましょう。
      失礼します。