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エッセイ

エッセイ

ただ「幸福」になってください|真理の探求の後半戦は「幸福感」によって意志を溶かす旅である

昨日、ある探求者の方とメールでやり取りをしていて、その人から改めて気づかせてもらったことがあったので、ブログでも共有したいと思います。私はこのブログで「別に悟らなくてもいいんですよ」と言うことがありますが、そうはいっても、迷いや疑いを抱えて...
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エッセイ

「理想」を手放す際のジレンマ|「苦しみ」が「敵」ではなく、「客人」になる日まで

私はよく、「苦しみをひたすら見つめ続けると、それはやがて溶けて消える」と言いますが、これがなかなか一筋縄では行きません。おそらく、私の言葉を信じて、実際に「苦しみ」と直面している人もいると思います。もちろん、私は嘘を言ってはいません。実際に...
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エッセイ

「深刻さ」を捨てて、「真剣」になって遊ぶことの意味

私は現在、毎日3つとか4つの記事を投稿し続ける生活を送っています。でも、別に「毎日記事を書かないといけない」と思ってはいません。ただ、なぜかたまたま、毎日「書かずにはいられない必然性」を内側に感じるだけなのです。たとえば、私が部屋でボケーっ...
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エッセイ

人は「透明」になった時、「自分の色」に辿り着く

大人になってから検査をしてわかったのですが、私には発達障害的な特性があります。診断名としてはASD(自閉症スペクトラム症)で、他人の気持ちに共感する能力や、話の文脈を理解する能力の欠如を伴います。同時に、「特定のルーティン」に強いこだわりを...
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禅宗における「見性」について|「覚醒」の中で生きる人だけが「生の美しさ」を知っている

新刊の「現成公案げんじょうこうあん・解説本」のkindle版原稿を「ほんわっかぱっぱ」と編集しているのですが、今回の本で、たぶん読者がいちばんつまづくのが、「見性けんしょう」について書いた部分だと思います。「見性」というのは禅宗の言葉で、「...
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エッセイ

相手を抱きしめる二つの仕方|「自由」を縛れるものは、この世に一つも存在しない

私はいつも、「自由こそが最も価値のあるものだ」と言っています。だからこそ、私は「読者の自由」も尊重します。私は、読者がなるべく「こうしなければならない」という束縛を内側に感じなくて済むように、いつも言葉選びに気を使っているのです。たとえば、...
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ある「夢」の話

さっき寝ていたら、不思議な夢を見ました。ある男の子の夢です。その子は、平和な国で暮らしていました。気の弱い子で、思ったことをなかなか言えなくて、周りに流されてしまうところがありました。でも、優しい心も持っていて、彼と同じように気の弱いところ...
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「自信」の正体|人間にだけ「覚醒」が可能である理由

私は毎日、何の迷いもなく文章を書いているように見えるかもしれませんが、そういうのを外から見ていると、「この人には『絶対的な自信』があるに違いない」と思う人もいるでしょう。でも、「自信」って、いったい何でしょうか?世の中の多くの人は、「自分に...
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【いつもありがとうございます】当ブログのアクセス時間トップランカーの記録から思うこと

アクセス解析の使い方に習熟し、個々のユーザーのデータをかなり細かく見られるようになりました。もちろん、わかるのはIDとだいたいの地域だけで、個人を特定できるわけじゃないので、安心してください。それで、詳しく調べてビックリしましたけど、ブログ...
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「家」の中に閉じこもる人々と、「幽閉された心」について

2月の瞑想会の日が近づいてきたので、ぼちぼち「何をするか」を決めていこうと思っています。ただ、「実際に何をするか」は、当日になってみないと私にもわかりません。なぜなら、「当日すること」は、その日来る人の顔色やテンション、私自身の心の動きや思...
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