半月ほど前から、YouTubeライブで毎日瞑想のレッスンを配信しています。
「感覚を育て、呼吸を深め、瞑想を自然発生させる」ということを基本コンセプトにしつつ、ボディワーク・呼吸法・瞑想法をレクチャーしているのです。
最近は、繰り返し参加してくださる方も何人かいて、指導している私も「次はどういうことをやろうか?」と考えるのが楽しいです。
ただ、デタラメに教えることはしておらず、「意識する」というスキルを全てのベースとして置いています。
そこで今回は、この「意識する」ということについて、少し話をしてみたいと思います。
◎「意識する」とは「味わう」ということ
「意識する」と聞くと、どうしても「頭で何か考えること」のようにイメージする人が多いと思いますが、私にとっての「意識」というのは、もっと感覚的なものです。
たとえば、機械的に手を上げる時の感覚と、意識的に手を上げる時の感覚は全く違っています。
意識的に手を上げる時には、ただ手を上げるだけの動作の中にも「独特の味わい」が生じますし、見た目の印象も変わってきます。
とはいえ、ほとんどの人は「意識的に手を上げるってどういうこと?」という疑問が湧いてくるはずです。
「動きを意識的にコントロールするということだろうか?」と思う人もいるかもしれませんが、それともまた少し違います。
大事なことは「感じること」です。
「今ここ」で起こっている心や身体の動きをただ感じる。
それが、最も大事なことなのです。
あえて言語化するのであれば、「意識的に動かす」のではなく、
「起こっている動きを意識する」という感じになるかと思います。
一言で言えば「味わう」ということです。
特に、身体であれば思った通りに動かすこともできますが、心については思い通りに動かすことが難しいものです。
それゆえ、「意識的に動かす」ではなく、「起こっている動きを意識する」というのは、身体より心のほうが理解しやすいかもしれません。
いずれにせよ、この「起こっていることを意識する」ということが理解できると、それを全てに応用できるようになります。
歩く、坐る、息をする。
話す、働く、人とかかわる。
その全てを「意識的」におこなう道が開けてくるのです。
◎どれだけ器用に身体を動かしても、内側が虚しければ心は満ちない
何かを「意識的」におこなう時、そこには、先ほども書きましたように、「独特の味」があります。
そして、この「味」こそが、私たちの「生きている実感」のベースを形作るのです。
無意識・機械的に生きていても、そこには何の味わいもありません。
どんなに器用に身体を動かせたとしても、内側で何も感じていなければ虚しいものです。
私も過去にダンスを稽古していて、そのような虚しさに囚われたことがありました。
稽古を積み重ねることで、「動きを意識的にコントロールする」ということには熟達したのですが、「起こっている動きを意識する」ということが、当時の私にはまったくできませんでした。
というよりも、そもそもそのようなアプローチがあるということそのものを、その時の私は知らなかったのです。
それゆえ、「身体は動いているけれど、内側では何も感じていない」というチグハグな状態になってしまい、私は踊ることが虚しくなってしまいました。
ですが、そこから縁あって瞑想の伝統と出会い、「意識すること」について学び、私は「感じる」ということの意味と重要性を知りました。
そして、「ただ手を上げて下ろす」というだけのシンプルな動きの中にさえ、「豊かな味わい」があることを体験したのです。
◎「覚醒の味」さえ伝わればいい
無意識的・機械的にただ動いていても、私たちの心が満たされることはありません。
本当は、「空疎な動き」を繰り返す前に、瞬間瞬間を「意識」で満たす必要があるのです。
「意識的に動かす」のではなく、「起こっている動きを意識する」。
この違いを理解できるようになることこそが全ての基礎です。
なので、YouTubeライブのレッスンでは、手を変え品を変え、何度も何度も繰り返しこのことをお伝えしています。
実のところ、「この感覚さえ伝えられれば、後は全て些事である」とさえ思っています。
それは「覚醒の味」を伝えることです。
もしもその「味」を知ったなら、そこから先は当人が自分で歩いていくだろうと思います。
「『目を覚ましている』ということが、どういう感覚のものなのか」を理解してもらうこと。
今はそれにすべてのエネルギーを注いでいます。
それさえ伝われば、結果的に、私が言っていることは全て理解できるようになるでしょう。
◎各クラスのご案内
もし興味の湧いた方は、YouTubeライブのアーカイブを視聴してみてください。
理論的な解説も、ライブとは別に動画で配信しておりますので、そちらも併せて観ていただくと理解が深まるかと思います。
また、YouTubeライブで体験したことについてさらに深く学びたい人は、「クローズドな道場」としてオンライン瞑想会や個人セッションもおこなっています。
モチベーションの高いメンバーと切磋琢磨していきたい方は、そちらもご検討ください。
◎終わりに
瞑想について本で学んだだけだと、どうしても「頭の中で瞑想する状態」になりがちです。
そうすると、「瞑想について考える」ということばかりになってしまい、「瞑想を感じる」という方向に進めなくなります。
ですが、本来瞑想というのは、「考えるもの」ではなく「感じるもの」であり、なにより「味わうもの」だと私は思っています。
「瞑想の味」を体験するライブレッスンに、あなたも参加してみませんか?
あなたの参加をお待ちしております。

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