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「情報」ではなく「感覚」を伝えるために書き、語る|「読む瞑想」と「聴く瞑想」を目指す試み

昨日は、初の「オンラインお話し会」を開催したのですが、参加された方から、ラジオ配信の感想をお聞きできました。

その方は、寝る前に聞かれることが多いそうで、私のラジオを聴くと落ち着いた気持ちで眠りにつけるのだそうでした。

実のところ、これは私自身が想定していた使い方です。

そもそも、ラジオでは「有益な情報」を伝達することはあまり考えていなくて、「聴くことで心身をリラックスさせる」ということを一つの目標として設定しています。

私は「効率的に情報を伝達しよう」とは思っておらず、むしろ、視聴者にはのんびりリラックスした状態で聴いてもらって、「あぁ、もうこれでいいかー」という気分になってもらいたいわけです。

そもそも、そういった「手ぶらな気分」というのは、頭で「有益な情報」を受け取ることによって発生するものというよりも、「ハート」で感じ取るものだと私は思っています。

そして、そういった「ハートのリズム」というのは、語り手の声の響きとか、間の取り方、呼吸のテンポなどを通して伝わるものだと思うのです。

なので、ラジオについては、「有益な情報を摂取する」というつもりで聴くのではなく、「のんびりリラックスして聴いてもらえたらいいな」と前々から思っていました。

そうしたら、実際にそういう風に聴いてくださっている方がいたということで、私としては嬉しかったです。

ラジオで話す時だけでなく、こうしてブログや本で文章を書く時もそうなのですが、
私は「有益な情報を提供すること」よりも、「受け取り手が自由になること」をいつも優先しています。

要は、私が書いた文章を読んでもらったり、ラジオやライブを視聴してもらったりすることで、私自身が日々生きている「自由な呼吸」を伝えたいわけです。

そういう意味で、私にとって言語を用いた表現活動というのは、
「情報」ではなく、「感覚」の伝達を目的にしたものと言えます。

つまり私は、「何らかの情報」を知ってもらうために発信しているわけではなく、「ある感覚」を感じてもらうために表現をおこなっているわけです。

それゆえ、文章を書く時も、「音読した時にリズムが心地よいか」ということを、私は最優先事項としていつもチェックしています。

そんな風に、文章にも私のリズムや呼吸を意識的に込めているので、いつも丁寧に読んでくださっている方は、私の書いた記事をいくつも読むことで、徐々に私自身の「呼吸のリズム」に同調するようになっていっているはずです。

また、ラジオ配信やライブ配信でも、トリミングして間を切り取って無くしたりせず、あえて「無音の時間」を残したまま公開しています。

これも、私自身の「呼吸のリズム」に視聴者が同調しやすくするために、意図的におこなっていることです。

でも、今の世の中では、「有益な情報を効率よく伝達すること」が重視されているので、私の試みは、たぶん時代の流れに逆行していることでしょう。

たとえば、世の中では、ブログの記事や本を読む時に流し読みや速読をして、とにかく短時間で量を多くインプットすることが重視されていますし、動画についても、なるべく短時間に話を縮めて結論だけ知りたがる人が多いです。

でも、大事なことは「情報」ではなく「感覚」を伝えることだと私自身は思っています。

なぜなら、たとえ「情報」をいくら得ても、それによって心が満たされるわけではないからです。

ですので、今後も私は、あえて時代の流れに逆行していこうと思っています。

実は、昨日、初のライブ配信をする前に、他のyoutuberの上げているライブ配信を参考までに観てみました。

するとその人は、ライブ配信であるにもかかわらず、前もって話すことを全部決めていたみたいで、ものすごい早口でまくし立てるように話していたのです。

そもそも今の世の中では、

「結論を先に提示する」
「短い時間で有益な情報をたくさん伝える」

ということを誰もが重視しています。

そのため、情報を提供する側も、「先に構成を全部決めておいて、早口でまくし立てる」というスタイルに、自然となってしまうのでしょう。

ただ、私はその人のライブ配信の映像を見ていると、胸のあたりがザワザワしてきて、呼吸が浅くなってしまいました。

喋っている人自身が感じているのであろう「焦り」や「落ち着かなさ」がこちらにまで伝わってきて、息苦しくなってしまったわけです。

でも、その人のチャンネル登録者数は何十万人もおり、そのライブ配信の動画も、既に数万回再生されていました。

ということは、かなり多くの人たちが、その人の語る「情報」を有益だと感じ、定期的に話を聴いているのでしょう。

しかし、それによって視聴者は、「頭の情報」こそ多くなるかもしれませんが、「心身のリズム」はかき乱されてしまうはずです。

あるいは、もともと配信者と同じような「せっかちなリズム」がデフォルトになっている人たちが、「コアな視聴者」として定着しているのかもしれません。

そういった層の視聴者というのは、普段からタイパを重視して、「有益な情報」を効率よく手に入れたい人たちだと思いますし、彼ら自身の「日常的な心身のリズム」も、おそらく忙しなく落ち着かない状態になっているのだろうと思います。

ですが、私としては、「自由」も「幸福」も、「忙しなさ」や「落ち着かなさ」の中には無いと思っています。

それらは、深くリラックスして、悠々と深い呼吸ができた時に、自然と内側から花開くものだと思うのです。

しかし、世の中の人々は、「自由で在ろう」「幸福になろう」と思っては、必死で走り続けています。

誰もが、より多くの「有益な情報」を集めようとして走り回っており、「情報」をかき集めれば、「自由」と「幸福」が手に入ると思っているのです。

ですが、「自由」も「幸福」も、もともと内側に在るものです。

それらはむしろ、「外側の情報」に振り回されることによって、かえって曇って見えなくなってしまうものでもあります。

だからこそ、私としては、「情報」をたくさん提供するのではなく、私自身の「呼吸」を伝えることで、それぞれの人が「自分の内側」に還って行けるようにしたいと願っています。

そして、結果的にはそれが、その人にとっての「自由」と「幸福」を開くきっかけになると、私は思っているのです。

ということで、この文章をここまで読んだあなたの呼吸は、いくらか深くなったでしょうか?

心は落ち着いてきましたか?

もしそうだったら嬉しいです。

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