あと一年間、書き続けます

最近、折に触れて考えていたことなのですが、せっかくなのでブログで言葉にしておこうと思います。

現在、私は特に生活のための仕事というものをしていません。

それは、過去に働いていた時に貯めたお金と、縁あってまとまって入ってきたお金があるおかげです。

また、私は田舎の安アパートで一人暮らしをしている身なので、そもそも生活費があまりかからない暮らしをしており、一ヶ月に10万円もあれば余裕をもって生きていくことができます。

そのため、割とお金がなくても何とかなるのです。

それで、今の貯金額から計算してみたところ、もし何事もなければ、あと一年くらいは無収入でも暮らしていけることがわかりました。

少し前までは、「それでもやっぱり働いておかないとなー」と思って、事務職用にExcelの練習なんかもしていたのですが、それをしていると息が詰まってしまって続けられませんでした。

それで、「どうしたものかな?」と思っていたのですが、この際なので、思い切ってあと一年の間は、生活のための仕事は一切しないことに決めました。

その代わり、とことん執筆活動と瞑想の普及に力を注ぐつもりです。

もちろん、そんなことをしてもお金にはならないかもしれません。

たとえば、現在の私のブログの読者は、だいたい一日に20人くらいなのですが、仮にその全員が私の著作を買ってくれても私に入るお金は数千円ほどです。

また、瞑想会についても、会費は場所代しか取らないつもりなので(公共施設で営利活動をするのは制限が多いためです)、その結果、会場までの交通費は私の持ち出しになります。

ですので、このまま活動を続けていてもお金にならないのは確かです。

しかし、だからと言って、お金を優先し始めたら、「私が最も大切にしているもの」が死にます。

そもそも、私はお金が欲しくて書き始めたわけではありませんし、社会で評価されたくて書いているのでもありません。

ただ、書かずにいられないから書いているのです。

それがもし何かのご縁でたまたまお金になったら幸運でしょうが、仮にそうはならなかったとしても、それはまあ「天の采配」というものであって、私がどうこう言うことではないと思います。

ただ、少なくとも私は「自分の心が欲することをしよう」と思っています。

「書きたいから書く」

それだけのことです。

それは別に、「文筆家になりたい」とか、「書くことで食っていきたい」とかいう話ではありません。

そうではなくて、「これは『私自身の命を使った表現』なのだ」ということです。

それは、誰にも止めることができないものですし、ある意味では、私自身にも止めることのできないものなのです。

実際、私にはこうとしか在れません。

私はただ書き続けるだけです。

そこに「ゴール」はありませんし、だからこそ、私は「自由」で在れるのです。

ということで、何事も起こらなければ、あと一年くらいは今の活動を続けていくと思います。

そこから先のことは、またその時に考えます。

仮に一文無しになったとしても、まあ、たぶん死にはしないでしょう。

実際、私は過去に生活に困窮して生活保護を受給するまでになったことがありましたが、そこから生活を立て直して自活できるようになった経験があります。

だから、別に心配はしていません。

全てはなるようになり、ならないようにはならない。

だったら、それをただ生きればいいだけです。

そんなわけで、あと一年の間は「自由」にやらせてもらおうと思いますので、私と一緒に歩いてくださる方は共に歩んで参りましょう。

ではでは。

コメント

  1. 匿名 より:

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