「整体の知恵」で腰痛を防ぐ|「背面は下降、前面は上昇」で身体がまとまる【追記あり】

さっき散歩をしていて気づいたことがあるので、ブログで共有したいと思います。

ここ最近、身体の感覚がかなり良くなっていて、繊細な感覚を感じられるようになってきました。

それで、このところ外出する時は作務衣に雪駄という和装で出かけるのですが、そうして和装ですり足の歩き方をしていると、身体がよくまとまってきます。

全身のパーツがバラバラにならず、一体となって働くようになるのですね。

全身が一体になると、たとえば、脚の力を借りて手で物を持ったりすることができるようになります。

普通に考えると、物を持つ時は手と腕の力しか使えないように思うのですが、実際には、身体がつながってくると離れた部位もその動きに参加するようになるのです。

そのため、筋力の小さい人でも大きな力を発揮できたりします。

たとえば、腕の筋力が50ある大男の相手をする時に、腕の力は10しかないけど、脚やら腰やらお腹やらも含めると100になるような人が力をかけると、腕力だけなら「50対10」なのですけれど、全身を導入すると「50対100」で勝ってしまうわけです。

なので、武道家や武術家は、なるべく全身を分断せず、一つながりにして使うように稽古していきます。

それで話は戻ってきて、さっき外を歩いていて、どうも背中が上に浮き上がってきて苦しかったのです。

背中が上がってくるのは、その下の腰が伸びあがってしまっているからです。

腰が上に突きあがってきて、上下方向に伸び切ってしまっているのです。

こうなると、腰の部分で上半身と下半身が分断されてしまいます。

重心も上ずってしまうため、肩が上がり、身体のバランスが不安定になります。

また、下半身の力が上半身に伝わらなくなるので、物を持つ時も腰に力が集中してしまい、腰痛の元になるのじゃないかと思います。

それで、昔、整体の先生から「身体の背面の皮膚は下降方向、前面の皮膚は上昇方向にさすると身体がまとまる」と習ったことを思い出しました。

図にするとこんな感じです。

この方向に皮膚をさすると、身体がまとまって全身が一体化します。

でも、歩きながらさするわけにいかないので、私は「氣」だけ流しながら歩いていました。

イメージとしては、この方向で呼吸が流れていくように想像するわけです。

そうすると、実際にそういう感覚がしてきて、身体が変化してきます。

で、この方向で「氣」を流していると、伸び切っていた腰が降りてきて、上半身と下半身がつながるようになったんです。

やっぱり整体の知恵というのは凄いと思います。

反対に、もしこの皮膚の流れを逆行させると、腰が浮き上がって伸びてきます。

この辺は、運足ともかかわってきます。

たとえば、私は今は雪駄履きで外出しているので、基本的に歩き方が自然とすり足になるのですが、試しに靴を履いていた時のように地面を蹴って歩くようにしたら、腰が浮き上がってきて伸びてしまいました。

これは、足が地面を蹴る力が背面を伝って上がってくることで、腰が浮き上がってしまうためだと思います。

なので、地面を蹴らずにすり足で歩くことで、背面の「氣」の流れが上向きに行かなくなり、重心が下がって身体が安定するのでしょう。

日本の武道や芸事では「床を蹴らない運足」というものが重視されますが、そのへんの事情はここに関係ありそうです。

しかし、解せないのは、中国の気功の考え方だと、「氣の流れ」はこれと逆だということです。

中国の考え方では、「小周天」というルートが在って、これは尾てい骨から背中を「氣」が上がって頭頂部に至り、そこから身体の前面を辿って骨盤底に至るものです。

この向きで「氣」を流すのが、中国の気功ではお馴染みなわけです。

私自身も、昔、合気道の道場で呼吸法を習っていた時は、この「周天呼吸」を毎回やらされていました。

別に中国武術というわけでもないのに、「小周天」のルートが踏襲されていたわけです。

確かに、背中側を「氣」が上がるようにイメージすると、背筋はシャンと伸びますし、胸やお腹をリラックスさせて落とすことができます。

でも、私はやっぱり腰が上下に伸び切ってしまうのが気になります。

そうなったら、腰の部分で身体のつながりが切れて、上半身と下半身がバラバラになってしまうからです。

これは、中国の気功と日本の整体の違いなのかもしれません。

実際、野口整体の脊椎行氣法せきついぎょうきほうでも、「氣」の向きは頭頂部から背骨に息を吸って尾てい骨へと向かいます。

やっぱり整体では、「氣」について背中を降ろしていくのです。

今のところ、私は整体のほうが身体的にしっくりきます。

今も、机の前で坐りながら「背面は下降、前面は上昇」と「氣」を流していますが、おかげで腰が疲れにくいです。

この「氣」の扱いは、今後、長時間の執筆で役に立ちそうです。

まあ、何の根拠もないのに「周天呼吸」が長年受け継がれてきているわけがないので、さらに研究が進んだら、「周天呼吸の凄さ」もわかるようになるのかもしれません。

しかし、今の時点では私にはよくわからないので、わかる範囲で研究していこうと思います。

とりあえず、しばらくは「背面は下降、前面は上昇」の方向で「氣」を流しながら生活しようと思います。

そのうち定着して、自然とその方向に流れ続けるようになるんじゃないかと思います。

ということで、またしてもチラシの裏的な独り言でした。

みなさんも腰痛には気をつけましょう。

背面が伸びあがると、すぐに腰に来ますから。

ではでは。

【追記】
記事を書いた直後に気づいたのですが、もしも背面の皮膚を下へ下へ流していくと、結果的にかかとを地面に突き刺すような姿勢になります。

これは、武術で「縮地」と呼ばれている重心移動とかかわる身体運用です。

「縮地」をする際には、つま先で地面を蹴らず、むしろ踵を地面に突き刺すことで身体を前傾させ、そこから起こる自由落下のエネルギーを使って前進していきます。

で、この踵を地面に突き刺す際に、自分が地面にかけた重力のカウンターとして「氣」が上がってきて、背骨を駆け抜けることがわかりました。

つまり、整体的に力を下へ流して踵を踏みしめると、それに対する反作用で、「氣」が自然と背筋を駆け上がり、頭頂へ抜けていくのです。

私が考えるに、整体は、重力に従って「氣」を降ろしていくことに重点を置いているのではないかと思います。

そして、もしも重力に身を任せるならば、その反作用として地球が自分の身体を押し返してきて、結果的に背骨が屹立きつりつすることになるということでしょう。

おそらく、中国の「小周天」は、こうした「重力の反作用による姿勢の確立」を説くものだったのだと思います。

図にするとこんな感じです。

まあ、どうだかわからないですけれどね。

ただ、「重力に従うことで、結果的に重力と逆向きに背骨が立つ」というのは、面白い逆説だと思います。

以上、追記でした。

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