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苦のメカニズム

ブログ記事

「感覚の深化」には「痛み」が伴う|「問題を自覚できない状態」と「問題がない状態」の比較

とある読者の方とやり取りをしていて、感覚の話になりました。それで、「感覚の深化」について少し伝えたのですが、これはブログではあまり書いたことのないトピックだったかもしれません。本の中では何度か書いていたのですが、いい機会なのでブログでも共有...
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エッセイ

「愛を放射する太陽」としての生き方|「幸福」とは、「ゴール」ではなく「原点」である

最近、何人かの読者の方から「生活の中にある小さな幸せに気づきました」というお便りをいただきました。こういうのはとても嬉しいですね。別に、私の言った通りのことをしなくてもいいのです。私と同じ意見を持つ必要もありません。いつも言っていますが、私...
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エッセイ

「成熟」とは動機を内側に持つようになること|「何でもない日々」の中に喜びを感じ取る力

私たちの関心というのは、基本的に「外側」から「内側」に移っていく傾向があるのではないかと思います。たとえば、私は十代の頃、「他人からいかに評価されるか」ということに軸足を置いて生きていました。当時は、進学校に通いながらダンスをしていたのです...
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エッセイ

「過去の傷」が「思い出」に変わる時|未来と過去という「虚構」からリアリティを剥ぎ取る修行

昨日、五年前から凍結していたフェイスブックの更新を再開したのですが、そっちが今、結構面白くなっています。【関連記事】【個人的な報告】長年閉鎖していたフェイスブックのアカウントを再開しました私は過去に自殺未遂やパニックの発作を繰り返して人に迷...
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エッセイ

「悟り」に「自分の欲求」を投影する人々|自分の中の「最も根源的な欲求」を理解する

先ほど、また読者の方とメールでやり取りをしていたのですが、あらためて「悟り」というのは、「罪な言葉」だと思いました。そもそも、「悟り」という言葉には、何千年にもわたって非常に多くの手垢がついています。たとえば、「悟り」というと、何か「超常的...
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エッセイ

人は生きることを通して「覚醒」し、「覚醒」が人を成長させる

「覚醒」の副産物の一つに、「学習能力」があります。ちなみに、ここで言う「学習能力」というのは、「記憶力」とかのことではありません。たとえば、「学校で教師から言われたことを忠実に憶えていられる」とかいったことではなく、それは純粋に、「失敗から...
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ブログ記事

【新作の第二章の内容公開】「心」と共に生きるための具体的な実践についての解説

現在執筆中の「心と共に生きる幸福論」ですが、第二章まで書き終わりました。二章はかなりボリューミーになったので、現時点で「まえがき」「第一章」「第二章」の全体で約120ページありますが、そのうちの70ページくらいが二章です。なお、二章は「心」...
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エッセイ

「理想」を手放す際のジレンマ|「苦しみ」が「敵」ではなく、「客人」になる日まで

私はよく、「苦しみをひたすら見つめ続けると、それはやがて溶けて消える」と言いますが、これがなかなか一筋縄では行きません。おそらく、私の言葉を信じて、実際に「苦しみ」と直面している人もいると思います。もちろん、私は嘘を言ってはいません。実際に...
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エッセイ

「自信」の正体|人間にだけ「覚醒」が可能である理由

私は毎日、何の迷いもなく文章を書いているように見えるかもしれませんが、そういうのを外から見ていると、「この人には『絶対的な自信』があるに違いない」と思う人もいるでしょう。でも、「自信」って、いったい何でしょうか?世の中の多くの人は、「自分に...
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エッセイ

「家」の中に閉じこもる人々と、「幽閉された心」について

2月の瞑想会の日が近づいてきたので、ぼちぼち「何をするか」を決めていこうと思っています。ただ、「実際に何をするか」は、当日になってみないと私にもわかりません。なぜなら、「当日すること」は、その日来る人の顔色やテンション、私自身の心の動きや思...
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