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幸福論

ブログ記事

見返りを求めずに与えるために|もしも「幸福」が溢れたら、「贈与」は自然と起こり始める

とある読者の方とのやり取りで、「与えること」が話題に出ました。その方は「与えること」が純粋な喜びであると感じるそうなのですが、人に与えていると、時々、心身共に枯れ果ててしまうことがあるそうです。それで、「どうしてなんでしょう?」という話にな...
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エッセイ

「愛を放射する太陽」としての生き方|「幸福」とは、「ゴール」ではなく「原点」である

最近、何人かの読者の方から「生活の中にある小さな幸せに気づきました」というお便りをいただきました。こういうのはとても嬉しいですね。別に、私の言った通りのことをしなくてもいいのです。私と同じ意見を持つ必要もありません。いつも言っていますが、私...
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ブログ記事

「頭の中」だけで瞑想しないこと|「感覚への耽溺」がもたらす「時間」の溶解

ある方とメールでやり取りしていて思ったのですが、「頭で瞑想する」のと「心身で瞑想する」のとを分けて捉えるのはけっこう大事かもしれません。そもそも、「瞑想」というと、私たちは「頭を使ってするものだ」と思い込みがちです。実際、科学的な研究でも、...
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エッセイ

「悟り」に「自分の欲求」を投影する人々|自分の中の「最も根源的な欲求」を理解する

先ほど、また読者の方とメールでやり取りをしていたのですが、あらためて「悟り」というのは、「罪な言葉」だと思いました。そもそも、「悟り」という言葉には、何千年にもわたって非常に多くの手垢がついています。たとえば、「悟り」というと、何か「超常的...
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ブログ記事

【新作の第二章の内容公開】「心」と共に生きるための具体的な実践についての解説

現在執筆中の「心と共に生きる幸福論」ですが、第二章まで書き終わりました。二章はかなりボリューミーになったので、現時点で「まえがき」「第一章」「第二章」の全体で約120ページありますが、そのうちの70ページくらいが二章です。なお、二章は「心」...
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エッセイ

ただ「幸福」になってください|真理の探求の後半戦は「幸福感」によって意志を溶かす旅である

昨日、ある探求者の方とメールでやり取りをしていて、その人から改めて気づかせてもらったことがあったので、ブログでも共有したいと思います。私はこのブログで「別に悟らなくてもいいんですよ」と言うことがありますが、そうはいっても、迷いや疑いを抱えて...
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ブログ記事

【新作の進捗報告】「頭」と「胸=心」の対比から理解する「幸福論」

昨日から書き始めた新作の「心に従って生きる方法論」ですが、今朝の時点で第一章まで書き終わりました。ボリューム的には、「まえがき」が3,000文字くらいで、第一章が10,000文字くらいです。ただ、今回は先がまだ全然読めないですね。かなり手探...
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エッセイ

人は「透明」になった時、「自分の色」に辿り着く

大人になってから検査をしてわかったのですが、私には発達障害的な特性があります。診断名としてはASD(自閉症スペクトラム症)で、他人の気持ちに共感する能力や、話の文脈を理解する能力の欠如を伴います。同時に、「特定のルーティン」に強いこだわりを...
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エッセイ

禅宗における「見性」について|「覚醒」の中で生きる人だけが「生の美しさ」を知っている

新刊の「現成公案げんじょうこうあん・解説本」のkindle版原稿を「ほんわっかぱっぱ」と編集しているのですが、今回の本で、たぶん読者がいちばんつまづくのが、「見性けんしょう」について書いた部分だと思います。「見性」というのは禅宗の言葉で、「...
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エッセイ

「家」の中に閉じこもる人々と、「幽閉された心」について

2月の瞑想会の日が近づいてきたので、ぼちぼち「何をするか」を決めていこうと思っています。ただ、「実際に何をするか」は、当日になってみないと私にもわかりません。なぜなら、「当日すること」は、その日来る人の顔色やテンション、私自身の心の動きや思...
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