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幸福論

エッセイ

「悟り」に「自分の欲求」を投影する人々|自分の中の「最も根源的な欲求」を理解する

先ほど、また読者の方とメールでやり取りをしていたのですが、あらためて「悟り」というのは、「罪な言葉」だと思いました。そもそも、「悟り」という言葉には、何千年にもわたって非常に多くの手垢がついています。たとえば、「悟り」というと、何か「超常的...
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ブログ記事

【新作の第二章の内容公開】「心」と共に生きるための具体的な実践についての解説

現在執筆中の「心と共に生きる幸福論」ですが、第二章まで書き終わりました。二章はかなりボリューミーになったので、現時点で「まえがき」「第一章」「第二章」の全体で約120ページありますが、そのうちの70ページくらいが二章です。なお、二章は「心」...
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エッセイ

ただ「幸福」になってください|真理の探求の後半戦は「幸福感」によって意志を溶かす旅である

昨日、ある探求者の方とメールでやり取りをしていて、その人から改めて気づかせてもらったことがあったので、ブログでも共有したいと思います。私はこのブログで「別に悟らなくてもいいんですよ」と言うことがありますが、そうはいっても、迷いや疑いを抱えて...
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ブログ記事

【新作の進捗報告】「頭」と「胸=心」の対比から理解する「幸福論」

昨日から書き始めた新作の「心に従って生きる方法論」ですが、今朝の時点で第一章まで書き終わりました。ボリューム的には、「まえがき」が3,000文字くらいで、第一章が10,000文字くらいです。ただ、今回は先がまだ全然読めないですね。かなり手探...
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エッセイ

人は「透明」になった時、「自分の色」に辿り着く

大人になってから検査をしてわかったのですが、私には発達障害的な特性があります。診断名としてはASD(自閉症スペクトラム症)で、他人の気持ちに共感する能力や、話の文脈を理解する能力の欠如を伴います。同時に、「特定のルーティン」に強いこだわりを...
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エッセイ

禅宗における「見性」について|「覚醒」の中で生きる人だけが「生の美しさ」を知っている

新刊の「現成公案げんじょうこうあん・解説本」のkindle版原稿を「ほんわっかぱっぱ」と編集しているのですが、今回の本で、たぶん読者がいちばんつまづくのが、「見性けんしょう」について書いた部分だと思います。「見性」というのは禅宗の言葉で、「...
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エッセイ

「家」の中に閉じこもる人々と、「幽閉された心」について

2月の瞑想会の日が近づいてきたので、ぼちぼち「何をするか」を決めていこうと思っています。ただ、「実際に何をするか」は、当日になってみないと私にもわかりません。なぜなら、「当日すること」は、その日来る人の顔色やテンション、私自身の心の動きや思...
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エッセイ

「自分の心」と踊るということ|感受性を殺さず生きるために

先月、初めての本をAmazonで出版してから、約半月が経ちました。この半月の間に、計6冊(それぞれkindle版とペーパーバック版の合計12バージョン)を発刊し、今までにそれらが、全部で30冊売れています。また、kindle unlimit...
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エッセイ

呪わないこと

私はこのブログで文章を書き始めてまだ二か月ほどなのですが、それより前にも、いろいろなプラットフォームで文章を書いていた経験があります。最初に書いていたのはアメーバブログで、その頃の私はまだ二十五歳でした。その後も、noteで書いていた時期が...
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エッセイ

あえて「天」に逆らう|無意識に「罪人」を作り上げる「心の隙」と私自身の「弱さ」について

私は最近、「天」という言葉を多用しており、どこか発言内容が「宗教」っぽくなってきていました。別に「宗教」そのものは悪くないのですが、そうしてどこか私の言葉は浮世離れし始めていたようにも思います。このところ何度か言っていることですが、「深い呼...
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