当ブログの文章と筆者の著作物は全て著作権フリーですので、どうぞご自由にお使いください。

悟り

ブログ記事

【ラジオ配信・第五回】「特別な人」は存在しない・「普通」こそが「特別」

ラジオ配信の第五回です。ハイライトを集めたショート動画の再生リストはこちらから(外部リンク)私は「どこにでもいるただのおっさん」なのですが、ブログの読者の中には、私のことを何か「特別な人」であるかのように思っている人もいます。でも、それもそ...
エッセイ

「JOMO」から「ROMO」へ|もしも「努力」が尽きた時、人は「安らぎ」へと流される

私も最近知ったのですが、世の中には「FOMOフォーモ」という言葉があるそうです。これは、「Fear Of Missing Out」の略で、「取り残される恐怖」を意味している語です。SNSをやっている人は、身に覚えがあるかもしれません。たとえ...
エッセイ

「神話」の継承|「道徳」や「律法」の起源について

昨日、少し考えたことがあるので記事にしておこうと思います。それは、私たちの「道徳」と「律法」の起源についてです。最初に断っておきますが、これは一種の「神話」です。学術的な裏付けがあるわけではなく、私が勝手に「こうだったんじゃないか」と思って...
エッセイ

瞑想とは、自己を「寺院」とした「祈り」である|「存在」によって生かされる時、人は「自身の天命」を知る

最近は言わなくなっていましたが、私は一時期、「瞑想」のことを「祈り」と表現していたことがありました。もともと、この表現は、カビールという北インドの神秘家から借りていたものです。カビールは「織工しょっこう」という職業の人で、いわゆる機織はたお...
エッセイ

「覚者」とは「何も書かれていない本」である|「自由」だけが、「全ての覚者」の共通点

あなたは「悟った人」というのは、どういう人のことだと思いますか?「悟った人」のことを、「覚者かくしゃ」と言ったりもしますが、実のところ、「覚者の定義」は人の数だけあります。実際、「極めて高潔な人格を持った人こそが覚者だ」と思っている人もいれ...
エッセイ

「全ての答え」は内側に在る|瞑想とは「するもの」ではなく、「起こるもの」である

とある方とメールでやり取りしていて、「本では何度か書いたけど、ブログでは書いたことがなかったトピック」の存在に気づいたので、記事にして共有しておきます。それは、「結局全ての到達点は同じだ」ということです。たとえば、何らかの瞑想の技法を実践し...
エッセイ

「悟り」に「自分の欲求」を投影する人々|自分の中の「最も根源的な欲求」を理解する

先ほど、また読者の方とメールでやり取りをしていたのですが、あらためて「悟り」というのは、「罪な言葉」だと思いました。そもそも、「悟り」という言葉には、何千年にもわたって非常に多くの手垢がついています。たとえば、「悟り」というと、何か「超常的...
エッセイ

人は生きることを通して「覚醒」し、「覚醒」が人を成長させる

「覚醒」の副産物の一つに、「学習能力」があります。ちなみに、ここで言う「学習能力」というのは、「記憶力」とかのことではありません。たとえば、「学校で教師から言われたことを忠実に憶えていられる」とかいったことではなく、それは純粋に、「失敗から...
エッセイ

ただ「幸福」になってください|真理の探求の後半戦は「幸福感」によって意志を溶かす旅である

昨日、ある探求者の方とメールでやり取りをしていて、その人から改めて気づかせてもらったことがあったので、ブログでも共有したいと思います。私はこのブログで「別に悟らなくてもいいんですよ」と言うことがありますが、そうはいっても、迷いや疑いを抱えて...
ブログ記事

【新刊書を書き始めました】「心のまま」に生きる「仏の智」の表現

今さっき、新しい本を書き始めました。当初は、「現成公案・解説本」を書き終わったら、保留になっていた「断章集・第四弾」の続きを書こうと思っていたのですが、実際に書き始めてみたら、まるで筆が進みませんでした。理由は二つあります。一つは、「断章集...