今日はアナウンス事項が多くて申し訳ないのですが、先日写真屋さんで撮ってもらった写真が出来上がったので、瞑想会の案内ページと筆者プロフィールのページに私の写真を掲載しました。
写真屋さんでは、「瞑想会の案内に使いたいんです」と説明したのですが、そうするとやっぱりこう「透明な感じ」というか、いかにも静寂を感じさせるような写真をイメージしたみたいだったので、「うちの瞑想会は『楽しい瞑想』がコンセプトなんです」と説明しました。
その上で、セレクトされたのがこれです。

はい、こんな顔でした。
イメージ通りでした?
それはともかく、瞑想会では「楽しく瞑想する」ということを看板として掲げたいと思っています。
瞑想というと、どうしても「頑張ってするもの」というイメージが強いのですが、実際のところ、頑張れば頑張るほど瞑想は遠ざかってしまいます。
そして、頭の中だけで瞑想を実践するようになってしまい、袋小路に迷い込んでしまうのです。
そうではなくて、瞑想ではもっと身体の感覚を開き、その味わいを楽しみながら実践するのが本来の在り方ではないかと私は思っています。
なので、今の時点では、いろいろと感覚技法を交えて瞑想をリードしようと思っています。
たとえば、快氣法というメソッドがあって、これはあくびをしながら気持ちよく身体を伸ばしていき、心身を解放する技法です。
私はこれが結構好きで、昔ダンスや合気道の教室を開いていた時も、よく快氣法をみんなでやっていました。
他にも、呼吸法をおこなって参加者の身体をしっかり解し、身体感覚への感受性を育てながら瞑想に入っていけるように導いていきたいと思っています。
瞑想というと、とかく「認知」や「認識」にかかわるものと思われがちですが、それは実際のところ、「副産物」なんです。
身体が緩んで、呼吸が深まった結果として、思考が静まって物事をありのままに見ることができるんですね。
なので、私はあくまでも身体から瞑想にアプローチしようと思っています。
実際、身体さえ緩めば、瞑想は自然と起こり始めます。
そして、そのような「自然発生的な瞑想」でなければ、日常の中に持ち込んで定着させることはできませんし、日常を瞑想化しない限り、その人の人生を根本的に変えることは難しいと思っています。
なので、まず身体から始めます。
もちろん、最終的には「身体は『自分(意識)』ではない」という認識に辿り着くのですけれど、でも、この世で生きている限り身体との付き合いは続いていきます。
そして、身体は私たちにとって「掛け替えのないパートナー」なのです。
だから、身体を責め苛む苦行をするのではなく、むしろ身体と親しみ、「快の感覚」を指標にして、自身の生命力を伸ばしていくのが大事だと私は思っています。
そんなわけで、瞑想会のページもこれで最後のピースが揃いました。
まだまだ参加者の枠は残っていますので、参加を検討されている方は、ぜひぜひ前向きに考えていただければと思います。
ではでは。

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