読者の自律性を信じること|更新ペース制限の撤廃と、「自由」のための方針転換のアナウンス

今回はブログ運営に関する告知記事です。

「記事の更新ペースを元に戻すことにしました」

以下、上記のような方針転換に至った経緯をご説明します。

◎書いた記事を抱え込んでいると、「薬」は読者の元にすぐ届かない

実は、今から7日前に、「しばらく意図的に更新ペースを落とします」という旨のアナウンスをしておりました。

詳細は以下の記事を参照してください。

【もう一度 注意喚起】読者には、「追従者」ではなく「自分自身」になってほしい

この記事の中で私は「熱心な読者が私の記事をたくさん読み過ぎて消化不良にならないようにしたい」という自身の意向を述べ、そのための措置として「更新ペースを落とす」という対応策を採用することにしました。

つまり、「読者が記事を読むだけで満足してしまって、それを自身の実践や熟考によって消化しなくなること」を、私としては危惧したわけです。

そして、それまで「毎日1~4記事」というハイペースでしていた更新作業を、私は「3日に1記事」までガクンと落とすことにしました。

ただ、更新自体は制限しても、内側から「伝えたいこと」は溢れてくるので、裏で記事のストックは書き続けていました。

「こんなことでつまづいている人にはこのアプローチが役に立つかもしれないな」とか、「この悩みにはこれが効果的だろう」とかいったアイデアを形にすることは、水面下で進行していたわけです。

しかし、「読者の消化不良を防ぐためにも3日に1度のルールは守ろう」と思って、私はそれらの記事をあえて公開しませんでした。

それが、読者の学習ペースを守ることにつながると思っていたからです。

ですが、その後、未公開の記事はどんどん溜まっていきました。

この7日間で正規の記事を2つ公開しましたが、それでは全然ストックが減らず、さらに短めの記事を臨時で2つ公開しました。

それでも、まだ6つの記事が未公開のまま残っています。

たぶん、「3日に1度」のルールを今後も守っていくと、このストックはどんどん増えていくと思われます。

そうなると、せっかく「困っている人の役に立つために書いた記事」が、私の手元で止まってしまうことになります。

これはいわば、「薬」を作っておきながら、それを相手に渡さないで自分の元で抱え込んでいるような状態です。

しかしそれでは、せっかく「薬」を作った意味がありません。

それゆえ、もともとは「読者のペースを乱さないように」という配慮から更新頻度を落としたわけですが、これではかえって読者のためになっていないように私は感じ始めました。

つまり、「薬」を必要とする人の手に、適切なタイミングでちゃんとそれが届くようにするほうが、むしろ読者のメリットは最大化すると思ったのです。

◎無意識に読者を管理しようとしていたことへの気づき

7日前の私は、「読者が消化不良になってはいけない」という想いから更新を減らしたわけですが、それは今にして思うと、「読者をコントロールしようとする欲求」の現れだったのかもしれません。

おそらく私は、「書き手の側で更新ペースをコントロールしないと、読者は自律的に読むペースを管理できないだろう」と無意識に思っていたのでしょう。

つまり、私は心のどこかで読者のことを信頼し切れていなかったのです。

ですが、これまで私は「記事を読み過ぎないように注意してください」とか、「決して私の言葉に寄りかからないでください」とかいったことを、折に触れて繰り返し書いてきました。

なので、本当に熱心に私の記事を読んでくれている人なら、私の意図を理解して、既に読むペースを自己管理しようとしてくれているはずです。

もちろん、私が記事の更新頻度を増やした場合、それらを乱読して「消費」する読者も出てくるでしょう。

しかし、それは私にはどうすることもできませんし、そのような事態を避けようとするあまり、手元で完成済みの記事を止めてしまって、本当に必要としている人の元に言葉が届かなくなっては本末転倒です。

なので、私は読者のことを信頼することにしました。

もちろん、今までも信頼はしていましたが、どこかで「親心」のようなものがあった気がします。

つまり、「こちらで更新ペースを管理しないと、読み過ぎて混乱する人が出てきてしまうだろう」と思って、「読者の自律性」を完全には信じていなかったのです。

ですが、いろいろと検討した結果、「私の言うことを理解してくれている読者の人たちには、そんな『親心』はもう余計なお世話なのかもしれない」と思うようになりました。

私は「読者の自律性」を信じます。

別に私のほうで管理しなくても、私の意図を既にわかってくれている人は、きっと自分に消化できるペースで読み進め、私の言葉に寄りかからないように意識してくれると信じることにしました。

それゆえ、更新についても「書きたい時に書いて、出来上がったらすぐアップする」という以前の方針に戻します。

そうすれば、記事を本当に必要としている読者の元に、言葉が円滑に届くでしょう。

◎筆者と読者、お互いが「自由」であるために

もちろん、将来的に「書きたいこと」がなくなったら、更新ペースは自然と落ちていくかもしれません。

私は今のところ「伝えたいこと」が次々に湧いてくるので、結果的に毎日記事を書くことになっていますが、ブログや読者が十分に成熟したら、「あえて言うまでもないか」と考えて、何も書かなくなるかもしれません。

書くか書かないかは、そういう意味で、あくまでも私の「自由」に属しています。

それを逆から言うと、今は「書きたい」と思うことがあるからこそ、「自由」にそれを形にしているわけです。

思うに、私と読者が共に「自由」であるためにも、「更新ペース」はあえて決めないほうがいいのです。

私は「自由」に書きたいことを書くし、読者は「自由」に読みたいものを読む。

それで問題が起こるのであれば「ルール」が必要になるかもしれませんが、それぞれが「自由」に振舞っていて特に問題がないのであれば、わざわざ「ルール」を設ける必要はありません。

そして、私は読者の「自由」を尊重しますし、読者も私の「自由」を尊重してくれるものと信じます。

それゆえ、「書きたいこと」を書きたい時に書いて、できるだけ早く読者に届けるという方向へ方針転換をすることにしました。

「具体的にいつから変更するか」については、今から2日後の1/5からとする予定です。

X(旧Twitter)で「次回の更新は1/5です」と告知をしてあるので、ひとまずそれを一つの区切りにしようと思っています。

それ以降は、「書きたいものは書いてすぐ出す」「書くことがなかったら無理に書かない」という気ままなスタイルでやっていこうと思います。

◎終わりに

ということで、「更新ペースを落とします」と言ってから、たったの一週間で方針転換することになってしまいましたが、その理由はここまで述べてきたとおりです。

たとえ、記事の更新ペースが上がることで「乱読して記事を消費する読者」が増えたとしても、「自律的な読者」がそれに影響を受けることはないでしょう。

「自律的な読者」である人たちは、そういう状況になったとしても、きっと「自分にとって必要な記事」を読んで、「自分の実践」を淡々と続けていくのではないかと思います。

私としては、「ぜひそういう人たちの伴走者でありたい」と思っています。

遠くで指示を出すだけの「監督」ではなく、読者と一緒にこのブログを作っていきたいのです。


ということで、今回の話はこれで終わりです。

なんだか最近、運営方針に関する記事が増えてきている気がしますが、それというのも、ブログで公開した記事が多くなり、熱心な読者の方たちが徐々に集まり始めたからだと思います。

こんな調子で、このブログがゆくゆくは仏教で言うところの「サンガ」のような「学びの共同体」になれば嬉しいです。

それを、ぜひこれから一緒に作っていきましょう。

それでは、今後も当ブログをどうぞよろしくお願いします。

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