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あえて「天」に逆らう|無意識に「罪人」を作り上げる「心の隙」と私自身の「弱さ」について

私は最近、「天」という言葉を多用しており、どこか発言内容が「宗教」っぽくなってきていました。

別に「宗教」そのものは悪くないのですが、そうしてどこか私の言葉は浮世離れし始めていたようにも思います。

このところ何度か言っていることですが、「深い呼吸ができる」ということは、とても大事なことだと思います。

でも、別にそれを「天」に結びつけて考える必要もなかったと思いました。

私は「天」と「呼吸」を結び付けて、「一つの思想」を作ることに成功したと思います。

そこには一貫性と整合性があると思いますし、ひょっとしたら、誰かの役に立つこともあるかもしれません。

でも、当の私自身が、その思想に飽きてしまいました。

言い換えると、私はそうやって自分で自分を型にはめることに息苦しさを感じ始めたのです。

確かに、私は今も「何か大きなもの」に衝き動かされているような実感を持ってはいますが、だからといって、私が何か「凄い人間」になったわけではありません。

私はあいかわらず、起きて、食って、寝るだけの「ただの人」です。

「特別なところ」は何もありません。

にもかかわらず、「天」という概念を持ち込むことで、どこかで私は自分を「特別扱い」してしまっていたように思いました。

たとえば、もしも最近の私が言っていたように、「深く呼吸して生きること」が「天の意思に適うこと」であるとするのなら、苦しみの中で「浅い呼吸」を生きざるを得なくなっている人たちは、「間違っている」ということになってしまいます。

私は自分のことを、「天に適った正しい人間」かのように考えて、無意識のうちに、そういう「苦しみながら生きる人間」を差別していたのでしょう。

それは私自身の心の中に「隙」と「弱さ」があったためです。

今も「天」は私を使って何かを伝えようとしていますが、私は「天のために働くだけのロボット」ではありません。

だから、時にはたとえ呼吸が浅くなろうとも、「天」に逆らっていいのではないかと思いました。

それによって私は「天命」に背いて「天罰」を受けることになるのかもしれませんが、そんなの知ったこっちゃありません。

私はやはり私です。

「浅い呼吸」の中で懸命に生きている人こそが私の「同胞」なのであり、そういう人のことを置いたまま、私だけが「天」高く昇って行けたとしても、それは「真実」ではありません。

私はこれからも、起きて、食って、寝るだけの「ただの人」として生きていきます。

「天」は今後も私を通して何かを言うかもしれませんが、それを許すかどうかは、私が決めます。

もちろん、そんな私の「自己決定」さえもが「天」の手のひらの上なのかもしれませんが、それも、もはやどうでもいいことです。

私はただ、生きればいいだけだったのだと思います。

何も「特別なこと」は必要ではありませんでした。

日々を幸福に生きて、旨い飯を食って、心地よい疲労感とともに眠りにつく。

その中にこそ、「本当の悟り」は表現されているのです。

こんな当たり前の事さえも、いつの間にかわからなくなっていました。

やはり、修行に終わりはありません。

もしも心に「隙」があれば、そこに「魔」が入り込んできます。

それは時として、「天使」のような顔をしているかもしれません。

そうして、当人は「天使」に導かれて「天の一団」に仲間入りして、この世の人々を上から目線で「断罪」し始めるのです。

でも、私は誰の上にも立ちたくないし、誰の下にもつきたくありません。

私たちはみんな「対等」です。

悟っていようが悟っていなかろうが、どっちでもいいことです。

「生きている」ということこそが、大事だったのです。

そこを離れて「思想」だけ構築したところで、それは結局、自分自身を閉じ込めて窒息させる「外壁」になってしまうだけです。

「自由」であること。

やはりそれこそが「最も根源的なこと」です。

そこからすべてが始まります。

だから、これからも「自由」でありたいと思います。

自分自身を縛る観念を超え続け、「超える」という在り方さえも壊しては、日々の生活に根付き続けます。

なぜなら、そこにしか「人が生きることのできる地平」は存在しないからです。

淡々と日々を生きましょう。

「特別なこと」はしなくていいし、「どこか遠く」にも行かなくていいと思います。

起きて、食って、寝る。

それで全部OK。

あなたも私も生きています。

その「当たり前の事実」の中に、あえて留まり続けましょう。

その「当たり前の事実」の中で、どこまでも息をし続けましょう。

浅くなったり深くなったりする、「呼吸のダンス」を続けましょう。

それで、全てはOKです。

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