「表面的な知識」ではなく、深く本質を洞察する「智慧」について書いた記事をまとめています。
エッセイ 【次回作の構想決定】道元禅師の「現成公案」解説本を書きます
まだ自伝の校正作業中ですが、「次の書籍」のアイデアが降りてきました。次回作は、道元禅師の「現成公案」の有名なフレーズを私なりに解説する本を書こうと思います。非常に有名な部分なので、知っている人も多いと思います。仏道をならふといふは,自己をな...
エッセイ 人は、真に「無私」になった時、「天」の導きに従って、ただ「為すべきこと」を為すようになる
私は文章を書く時は、基本的に何も考えないことにしています。多くの人は、文章を書くことを「考えること」だと思っているでしょうけれど、私にとっては違うのです。言葉は「向こう」から勝手にやってきます。それは私に意図してコントロールすることのできな...
エッセイ 「内側の牢獄」の鍵の在り処
技法の解説書の原稿がとりあえず最後まで書けたので、一休み中です。やはり、こういう「手ぶらの時間」がないといけません。読者の方の中には、私が休みなしでずっと書いてばかりいると思っている人もいるかもしれないですが、全然そんなことはなくて、私は「...
ブログ記事 「生命の秘密」へ続くマスターキー|「快の感覚」に導かれ達成される「調心・調息・調身」
最近、「深く息をするのが大事だ」とよく書いています。しかし、「深く息をすること」と「大きく息をすること」は、実は別のことです。「深く息をしましょう」と言うと、「要は深呼吸しろってこと?」と思うかもしれませんが、別にそういう話でもないんですね...
ブログ記事 OSHOが語る二つの「知」|自分の内側を掘り続けることで「普遍的な智慧」にアクセスできる
昔、OSHOという覚者が「『知』には二つのタイプがある」と言っているのを、どこかで読んだ記憶があります。前の引っ越しで本を処分してしまったので、確認することができないのですが、たしかOSHOは「知」を「池のようなタイプ」と「井戸のようなタイ...
ブログ記事 「戒律」を守らないと悟れないのか?「自律」は、「観察」と「理解」に根差している
仏教には「戒律」というものがあります。「戒律」というのは「修行者が守るべき掟」のようなもので、専門的には「戒」が「修行者自身が個人的に守るべきこと」で、「律」が「集団生活のためのルール」なのだそうです。ちなみに、最も基本的な「戒律」は「五戒...
ブログ記事 「倫理的」とはどういうことか?哲学者と探求者それぞれの「倫理」に関する向き合い方
かつて、池田晶子さんという哲学者がいました。もう亡くなられてしまったのですが、彼女は「哲学エッセイ」というジャンルを作った草分け的存在と言われています。そんな池田さんは、ある著書の中で「道徳」と「倫理」という言葉について、自分の中で明確に使...
ブログ記事 「覚者」を見分ける二つの基準|「雄弁な無知者」と「口ごもる知者」のパラドクス
「真理」を悟るということを、「賢くなること」だと思っている人はいませんか?つまり、「『真理』を悟ると、常人には計り知れない叡智をその身に宿すようになるに違いない」とイメージするわけです。でも、本当のところはどうなんでしょうか?実のところ、「...
ブログ記事 金銭や名声の追求は「悪」なのか?真の「無執着」は、逃避ではなく理解によってのみ起こる
あなたは、「金銭や名声を求めること」を「悪いこと」だと思ってはいませんか?熱心に真理を探求している人の中には、「金銭や名声をいくら求めても、真理を悟ることはできない」と考えている人もいるのではないかと思います。確かに、金銭や名声を追い求め続...
