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感覚技法

ブログ記事

【レクチャー動画・第二回】呼吸法の動の実践・意識しながら肩を回す

レクチャー動画の第二回をアップしました。撮影したスマホの調子の問題なのか、ところどころ映像がカクついています(申し訳ないです)。今回は、私の主著である『「自由」とは、深く息ができるということ』の中で解説した、呼吸法の第一段階に当たる、「動の...
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エッセイ

「正しい瞑想」ではなく「楽しい瞑想」を|「楽観主義」こそが「内側の問題」を解決する

昨日の瞑想会について、少し文章にしておこうと思います。初の瞑想会でしたが、参加者はお二人で、どちらの方も他県からお越しになっていました。なお、さっき配信したラジオでも話したのですが、瞑想会を開いている間は、ほとんど身体のワークをして過ごしま...
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ブログ記事

【レクチャー動画・第一回】「意識している感覚」を理解する

初のレクチャー動画を投稿しました。初回はまず「意識するとはどういう感覚か」ということのレクチャー動画となっています。動画の中でも言っていますが、私にとって「意識」というのは「頭の中の現象」というより、「肉体的な感覚」です。それについて、身体...
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エッセイ

「初心者」と「熟練者」はよく似ている|音階の螺旋階段をどこまでも昇り続ける「無垢」への道

先ほどアップした記事の中で私は「瞑想状態が深まると呼吸というのは自然と静止する」と書きました。【関連記事】「心の静止」は「呼吸の静止」|もしも「心の動き」がなくなると、呼吸と共に世界が止まるこれは、「心の動き」と「呼吸のリズム」の間に相関関...
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エッセイ

「心の静止」は「呼吸の静止」|もしも「心の動き」がなくなると、呼吸と共に世界が止まる

私は「『自由』というのは深く息ができていることだ」と常々主張しているので、読者の中には、「きっとこの人自身はさぞかし深く呼吸をしていることだろう」と想像している人がいるかもしれません。しかし、実のところ、もしも「心」が透明になると、呼吸とい...
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エッセイ

「全ての答え」は内側に在る|瞑想とは「するもの」ではなく、「起こるもの」である

とある方とメールでやり取りしていて、「本では何度か書いたけど、ブログでは書いたことがなかったトピック」の存在に気づいたので、記事にして共有しておきます。それは、「結局全ての到達点は同じだ」ということです。たとえば、何らかの瞑想の技法を実践し...
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ブログ記事

【新作の内容紹介】「心を生きる幸福論」の原稿が完成しました

この一週間くらいかけて書いていた「心を生きる幸福論」の原稿が完成しました。今回はなかなか「全体のビジョン」が来なかったので、あえて書かないでしばらく寝かせておいて、代わりにここ数日はブログの更新をメインに執筆していました。ですが、昨日になっ...
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ブログ記事

「感覚の深化」には「痛み」が伴う|「問題を自覚できない状態」と「問題がない状態」の比較

とある読者の方とやり取りをしていて、感覚の話になりました。それで、「感覚の深化」について少し伝えたのですが、これはブログではあまり書いたことのないトピックだったかもしれません。本の中では何度か書いていたのですが、いい機会なのでブログでも共有...
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ブログ記事

「頭の中」だけで瞑想しないこと|「感覚への耽溺」がもたらす「時間」の溶解

ある方とメールでやり取りしていて思ったのですが、「頭で瞑想する」のと「心身で瞑想する」のとを分けて捉えるのはけっこう大事かもしれません。そもそも、「瞑想」というと、私たちは「頭を使ってするものだ」と思い込みがちです。実際、科学的な研究でも、...
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ブログ記事

【新作の第二章の内容公開】「心」と共に生きるための具体的な実践についての解説

現在執筆中の「心と共に生きる幸福論」ですが、第二章まで書き終わりました。二章はかなりボリューミーになったので、現時点で「まえがき」「第一章」「第二章」の全体で約120ページありますが、そのうちの70ページくらいが二章です。なお、二章は「心」...
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