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執着

ブログ記事

【新作の進捗報告】「頭」と「胸=心」の対比から理解する「幸福論」

昨日から書き始めた新作の「心に従って生きる方法論」ですが、今朝の時点で第一章まで書き終わりました。ボリューム的には、「まえがき」が3,000文字くらいで、第一章が10,000文字くらいです。ただ、今回は先がまだ全然読めないですね。かなり手探...
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エッセイ

「理想」を手放す際のジレンマ|「苦しみ」が「敵」ではなく、「客人」になる日まで

私はよく、「苦しみをひたすら見つめ続けると、それはやがて溶けて消える」と言いますが、これがなかなか一筋縄では行きません。おそらく、私の言葉を信じて、実際に「苦しみ」と直面している人もいると思います。もちろん、私は嘘を言ってはいません。実際に...
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エッセイ

人は「透明」になった時、「自分の色」に辿り着く

大人になってから検査をしてわかったのですが、私には発達障害的な特性があります。診断名としてはASD(自閉症スペクトラム症)で、他人の気持ちに共感する能力や、話の文脈を理解する能力の欠如を伴います。同時に、「特定のルーティン」に強いこだわりを...
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エッセイ

相手を抱きしめる二つの仕方|「自由」を縛れるものは、この世に一つも存在しない

私はいつも、「自由こそが最も価値のあるものだ」と言っています。だからこそ、私は「読者の自由」も尊重します。私は、読者がなるべく「こうしなければならない」という束縛を内側に感じなくて済むように、いつも言葉選びに気を使っているのです。たとえば、...
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エッセイ

「来る者」を拒まず、「去る者」は追わず|「自分の心」を偽らない美学について

最近は認識が大幅に書き換わったので、いろいろと新しい視点が浮んできて新鮮です。しかし、こうもコロコロとスタイルや主張が変わると、読者はついて行くのが大変だと思います。実際、読むのをやめて去っていく人も、けっこういると思っています。たとえば、...
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エッセイ

「自分にはわかった」と思った瞬間から、その人の「堕落」は始まっていく

先月末から書き始めた、道元の現成公案げんじょうこうあんについての解説本ですが、一昨日くらいに最後まで書き終わっていました。ただ、ここ数日で、認識が大きく書き換わったので、それに合わせて頭からリライト作業をおこないました。前は「悟り」という「...
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エッセイ

呪わないこと

私はこのブログで文章を書き始めてまだ二か月ほどなのですが、それより前にも、いろいろなプラットフォームで文章を書いていた経験があります。最初に書いていたのはアメーバブログで、その頃の私はまだ二十五歳でした。その後も、noteで書いていた時期が...
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エッセイ

「答えの無さ」の中に留まること

少し思い出したことがあるので、文章を書きます。私は数年前、ひどい抑うつ状態に陥っていました。当時は、毎日「死ぬこと」ばかりを考えていて、人生は完全に「真っ暗闇」でした。そして、頭の中ではずっと「早く死んでしまえ!」とか、「お前が生きているせ...
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エッセイ

「苦しみ」に思い出させてもらったこと

ついさっきまで、一人で「苦しみ」の中に佇たたずんでいました。時間にして、30分くらいでしょうか?こんなに長く苦しんだのは、ずいぶん久しぶりのことです。なんだか、寝ても覚めても苦しんでいた昔のことが思い出されて、懐かしい気分になりました。「そ...
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エッセイ

あえて「天」に逆らう|無意識に「罪人」を作り上げる「心の隙」と私自身の「弱さ」について

私は最近、「天」という言葉を多用しており、どこか発言内容が「宗教」っぽくなってきていました。別に「宗教」そのものは悪くないのですが、そうしてどこか私の言葉は浮世離れし始めていたようにも思います。このところ何度か言っていることですが、「深い呼...
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