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エッセイ

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「自責思考」と「他責思考」のメリット・デメリット|「破滅」しないと人はなかなか変われない

「自責思考」と「他責思考」というものがあります。一般的には、「他責思考は良くない」と考えられていて、「何でも他人のせいにせず、時には自分の言動を振り返ろう!」と言われることが多い印象が私にはあります。ただ、「他責思考」について、単に「善い・...
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「全ての始まり」としての「在る」について|一切は「確認不能のフィクション」である

昨日、「真理の探求」についてラジオで喋ったのですが、それに関連して、ちょっと頭がグルグルするようなことを、「お遊び」で書いてみようと思います。先に言っておきますが、今回の記事は、人によってはかなり難解だと思います。なので、もともと哲学的な思...
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「JOMO」から「ROMO」へ|もしも「努力」が尽きた時、人は「安らぎ」へと流される

私も最近知ったのですが、世の中には「FOMOフォーモ」という言葉があるそうです。これは、「Fear Of Missing Out」の略で、「取り残される恐怖」を意味している語です。SNSをやっている人は、身に覚えがあるかもしれません。たとえ...
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人々の危機感を煽る存在|私はある意味「詐欺師」と同じである

フェイスブックの広告を見ていると、怪しいのがけっこうあります。それは、「これからの時代、この技術がないと生き残れない!」とかいった煽り文句で人を呼び込んでいるタイプのもので、一見すると、無料特典がたくさんついていてお得そうなのですが、たぶん...
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「師」に学ぶことのパラドクス|受け取った「ツルハシ」で、ただ「自分の内側」を掘ればいい

私はよく「私の言葉に寄りかからないようにしてください」と言います。また、「私の言葉と自分の心が矛盾する時は、自分の心に従ってください」とも言っています。つまり、私は「最終的に、私の言葉には従うな」と言っているわけです。でも、それならそう言わ...
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「正しい瞑想」ではなく「楽しい瞑想」を|「楽観主義」こそが「内側の問題」を解決する

昨日の瞑想会について、少し文章にしておこうと思います。初の瞑想会でしたが、参加者はお二人で、どちらの方も他県からお越しになっていました。なお、さっき配信したラジオでも話したのですが、瞑想会を開いている間は、ほとんど身体のワークをして過ごしま...
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私の言葉の功罪について|瞑想会を終えて感じた当ブログの問題点

昨日は、初の瞑想会の開催日でした。参加者は、どなたも他県から来られた方たちで、それぞれに何年も実践を重ねてきた経験の持ち主です。そして、私のブログも熱心にお読みになっており、いろいろと疑問を抱えておられるようでした。私が本やブログで提示して...
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「神話」の継承|「道徳」や「律法」の起源について

昨日、少し考えたことがあるので記事にしておこうと思います。それは、私たちの「道徳」と「律法」の起源についてです。最初に断っておきますが、これは一種の「神話」です。学術的な裏付けがあるわけではなく、私が勝手に「こうだったんじゃないか」と思って...
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「責任」とは、その人にしかできない仕方で「存在」に対して応答すること

たぶん、今までブログでは書いたことがなかったと思うのですが、私は「責務」と「責任」という言葉を、意識的に使い分けています。私にとって「責務」とは、他人や世間から背負わされるものです。英語で言えば「Duty」ですね。要は、「義務」のことです。...
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「わからない」という「根源的な恐怖」と、そこから逃げるために作り出される「城塞」

私たちの「根源的な不安」というのは、「わからない」ということから来ているのではないかと思います。「未来がどうなるかわからない」「他人が何を考えているかわからない」「自分はどう生きたらいいのかわからない」こういった「わからなさ」が怖くなる時、...