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エッセイ

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「限界の床板」を踏み抜く|約一週間で三冊の原稿が完成しました

現在、怒涛の勢いで著作物の刊行作業が進行しています。具体的には、この約一週間で三冊分の原稿が完成しました。もともとブログやXで書き溜めていたものをまとめた部分もありますが、新たに書き下ろしたものも多く含まれています。特に、最新の「断章集・第...
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雪駄を履くことで思い出す「日本人特有の身体運用」

昨日、作務衣と雪駄がAmazonから届いて、さっそく使用しているのですが、これが気持ちいいです。やはり日本人の身体には和装が合っているのだと思います。特に、「足袋と雪駄」という組み合わせが抜群で、身体がとてもよくまとまります。たとえば、足袋...
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あと一年間、書き続けます

最近、折に触れて考えていたことなのですが、せっかくなのでブログで言葉にしておこうと思います。現在、私は特に生活のための仕事というものをしていません。それは、過去に働いていた時に貯めたお金と、縁あってまとまって入ってきたお金があるおかげです。...
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瞑想会で使う「衣装」が届きました

先ほど、Amazonから作務衣が届きました。これは、来月から開催予定の瞑想会で用いるユニフォームとして購入したものです。実は、当初は特に服装については気にせず、いつも通りの格好で行こうと思っていたのです。というのも、別に何を着ていようと、「...
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全ての作為を捨てた時、「起こるべきこと」が起こり始める

さきほど、新しく気づいたことがあるので、共有しておきたいと思います。昨夜は、深夜の12時ごろに目が覚めて、それから書籍の原稿を推敲していました。それから、推敲にいくらか区切りがついたので、昨日Xでポストした短い洞察を新しい原稿にまとめる作業...
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「内側の牢獄」の鍵の在り処

技法の解説書の原稿がとりあえず最後まで書けたので、一休み中です。やはり、こういう「手ぶらの時間」がないといけません。読者の方の中には、私が休みなしでずっと書いてばかりいると思っている人もいるかもしれないですが、全然そんなことはなくて、私は「...
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誰もが「内なる光」を生きるということ

今、少し思うところがあるので、文章を書いておこうと思います。私が文章を書いている時、そこには「何らかの価値を提供したい」という想いもあるのですが、それよりも強いのは、「どうか『自分自身』であってほしい」という想いです。私たちの社会には、昔か...
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一期一会

一期一会というものがあります。ほんの一瞬のすれ違い。その時、お互いの袖が触れ合って、一度限りの対話がなされます。もう二度と会うかもわからない人。私はその人の背中を見送ります。私は私の「自由」を生き、その人はその人の「自由」を生きる。お互いの...
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「快」に従う生き方についてのエッセイ|「自分の魂」に従った者は決して悔いることがない

私たちは「自分は今何をするべきなのか?」と、いつも頭で考えています。タイパやコスパを優先する考え方は、その現れでしょう。もちろん、頭を使って考えることが必要な場面もあります。ですが、頭を使って考えてしまうことで、かえって見失うこともあるもの...
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坐禅やヨーガのアーサナなどの「形」を、「自由な人」は「快」と感じる

この数日、時間が空くと坐禅を楽しんでいるのですが、坐禅の「形(かた)」というのは、本当に気持ち良いです。たぶん、坐禅に限らず、ヨーガのアーサナ(ポーズ)なんかも、もともとは「気持ちの良いもの」だったのだと思います。私は想像するんですが、きっ...