私たちの関心というのは、基本的に「外側」から「内側」に移っていく傾向があるのではないかと思います。
たとえば、私は十代の頃、「他人からいかに評価されるか」ということに軸足を置いて生きていました。
当時は、進学校に通いながらダンスをしていたのですが、私は学校の成績に徹底してこだわり、ダンスも他人から称賛を浴びるための道具のように考えているところがありました。
確かに私は勉強をすることによって知識を増やし、ダンスの練習をすることで身体技術を向上させてはいましたけれど、私自身はそういった「自分の変化」にはあまり興味を持っていなくて、「それを外側の人間がどう評価するか」ということのほうに関心があったのです。
それゆえ、高校を卒業してからダンスの専門学校に行った時も、私は「ダンステクニックのカタログ」をゴージャスにしていくことに注力していました。
そうして、私はありとあらゆるジャンルのダンスを習得し、クラスメイトからは羨望され、ダンス教師からも一目置かれるようになったのです。
この時点で、私は「外側の世界」をかなり自分の思い通りに変えることに成功していました。
ただ、私の「内側」に「ダンスへの愛」のようなものはなく、私はただただ空虚でした。
私は何も感じないまま踊っており、「他人が評価してくれること」を抜きにして嬉しさや楽しさを感じることができなかったのです。
それゆえ、私は「一人稽古」というのが苦手でした。
なぜなら、そこには私のことを評価してくれる「他人の目」が存在しなかったからです。
私は「一人稽古」をする時、いつも我慢してそれをしていました。
「これもいつか、今よりもっと評価されるために必要なことなのだ」と思いながら、イヤイヤ稽古していたのです。
そんな状態だったので、ある程度まわりからの評価が安定した時点で、私はダンスに飽きてしまいました。
つまり、これ以上は「上手くなるために必要なコスト」と「それによって得られる評価」が釣り合わないと感じ始めたのです。
かつては、何の技術もない素人だったため、ちょっと練習すればそれだけで誉めてもらえたわけですが、一度「この人は既にいくらか熟達したダンサーだ」と認識されると、多少頑張ったくらいでは評価はそれ以上あがりません。
むしろ、評価を落とさず維持するだけでも大変になってきます。
そしてそれは、プロのダンサーになって活動していく際に、さらに顕著になっていくように感じられました。
一度プロになったら「頑張ること」は当たり前で、「一人稽古」もやって当然という見方をされるでしょう。
私はそんな大変なことを続けるのは自分には無理そうだと思ったのです。
この時、私の「内側」には動機がありませんでした。
当時の私を動かしていたのは、いつも「外からどう見えるか?」ということへの関心であり、私は「外からの視線」に依存すること無しには、何かをするエネルギーが出てこなかったのです。
社会心理学者のエーリッヒ・フロムは、こういった人のことを「受動的人間」と呼んでいます。
過去の私もそうですが、これらの人々は、一見すると活動的に見えるものです。
彼らは、外から見ていると、様々な分野の活動に積極的にかかわっているように見えますし、多くの人とも交流を持ちます。
実際、過去の私も、毎日、他のクラスメイトの二倍~三倍のレッスンを受けていましたし、次から次に新しいジャンルのダンスに挑戦していました。
だから、人によっては、かつての私のことを「自発的でエネルギッシュな人」だと思い込んでいたはずです。
でも、実際のところ、私の「内側」にはエネルギー源がありませんでした。
過去の私のようタイプの人々は、いつも「外側」にエネルギー源を置いており、自分自身単独でエネルギーを生み出すことができないのです。
つまり、こういった人々は「外」から動かしてもらわないと何もできず、「自分から動く」ということができていないわけです。
エーリッヒ・フロムが彼らを「受動的人間」と呼ぶ理由はここに在ります。
一見すると、「自分」というものを持って積極的に活動している彼らの中に、実は「自分」というものは存在していません。
当人は内側に空虚さを抱えており、この「空虚感」を他人からの評価や社会的な業績などで埋めようとして必死でもがいているだけです。
ただ、その「もがいている姿」が、傍目には「自発的に活動している」かのように見えてしまうわけです。
こういった「受動的な在り方」の問題は、「外側からの評価」が安定して得られなくなった時に、活動のエネルギー循環が破綻してしまうことです。
そもそも、たとえ本人がどれだけ頑張っても、他人が評価してくれるかどうかはわかりません。
「外側の反応」は、自分にはコントロールしようがないわけです。
それゆえ、「どんなに頑張っても十分に評価されない」ということになってしまうと、その人はもうエネルギーが湧いてこなくなります。
当人は、もともとエネルギー源が「外側」にあるので、「外側の反応」が冷淡だと、力が出てこなくなってしまうわけです。
それでも無理して頑張ろうとすると、遅かれ早かれ、「バーンアウト」がやってきます。
なにせ、エネルギーがないのです。
それはガソリンの入っていない車を無理して走らせるようなものです。
そんなことを続ければ、どこかのタイミングで車はそれ以上走り続けられなくなり、完全に止まってしまうでしょう。
過去の私も、そうして走れなくなってしまいました。
私はプロのダンサーになることを諦め、家に引きこもって過ごすようになりました。
自分の内側に何の動機も持たず、ただ誉められるために勉強やダンスをやってきた私には、「本当のところ、何がしたいのか」ということがわかりませんでした。
やりたいこともないし、社会に出るのもおっかないしで、私は身動きが取れなくなってしまったのです。
引きこもっていた当時は、一日中自分を責める声が聞こえていました。
そもそも、当時の私は「動機が外側に在る人間」だったのです。
こういったタイプの人間が何もしなくなると、それまで「称賛の声」に寄りかかっていた分だけ、今度は「非難の声」によって苦しむようになります。
私は「何もしていない自分には価値がない」と感じ、「こんな自分のことを評価してくれる人はいない」と思っていました。
自分自身の拠り所を「外側からの評価」にしていたために、私は常に「評価されること」をしていないと、自分を保てなくなってしまっていたのです。
でも、そうやってひたすら自分を責める日々を送り、二年ほど経った頃、私は時間つぶしでプレイしていたゲームにすっかり飽きてしまい、代わりに本を読み出しました。
それは、昔、本屋でたまたま買って、大して読まずに本棚に入れていた本だったのですが、その本を読んでいると、私は段々と元気が出てきました。
その本の著者は、後々、私の合氣道の師になる人だったのですが、彼の言葉を読んでいると、徐々にエネルギーが戻ってきたのです。
その本で書いてあったことは、つまるところ、「まぁ、生きているといろいろあるけどさ、そういうもんだよ」という「朗らかな諦観」でした。
説教されるわけでもなく、無理に激励されるわけでもなく、私はなんだか「自分が生きている」ということそのものを、肯定してもらえた気がしました。
そうして、私は「内側」から何かが溢れるのを感じるようになっていきました。
私の心と身体は活力と取り戻すようになり、元気が余り始めた私は、家から出て散歩するようになっていったのです。
そして、ある日の散歩で少し遠くの公園に行った時、広い芝生を前にして、私は身体を動かしてみたくなりました。
久しぶりに、ダンスの動きをしてみたくなったのです。
その時、あたりは既に夕暮れ時で、人の姿も見えませんでした。
「見られていると恥ずかしい」と思いましたが、人の気配もなかったので、私は身体を動かすことにしたのでした。
不思議なものです。
かつては人が見ていてくれないと動きたくなかった私が、人が見ていないタイミングを見計らって動き出したのです。
とはいえ、引きこもり生活をしていた間に、ダンスで鍛えた筋肉はすっかり衰えていましたから、私の動きはぎこちないものでした。
それでも、私はよろよろしながら動き始めたのです。
そうして私は、かつて習ったダンスのテクニックを一つ一つ味わいながら思い出してみました。
すると、もう稽古しなくなって数年経っていたにもかかわらず、私の身体はそれらの動きをまだちゃんと覚えいてました。
そして、身体を動かしていると、かつて先生から言われた言葉が蘇ってきたのです。
「そう言えば、この動きをする時は、よくこんな風に注意されたっけ」とか、「この動きをする時は、こういうことを意識するんだったな」とかいった風に、動きに紐づいている過去の記憶が思い出されてきました。
もちろん、筋力がすっかり衰えていましたから、身体はプルプルと震えていました。
そして、そこにはもう私を評価してくれる「生身の師たち」もいませんでした。
でも、私はなんだか段々「愉快」に感じ始めました。
ただ動いていること自体が楽しくなってきたのです。
それはどこか懐かしい感覚でもありました。
思えば、私が最初に踊り始めた頃、私はまだろくにリズムも取れなくて、高校のクラスメイトからは「踊っているのか暴れているのかわからん」と評されていました。
でも、当時の私は、習ったステップを繰り返し踏むのが楽しくて、ひたすら同じステップを踏み続けていました。
あの時も、私を評価する人はいませんでしたが、私は一人で踊り続けていました。
その時、私の「踊る理由」は内側にあり、私は一人でそれを楽しんでいたのです。
「いったいどこでこれがわからなくなってしまったのだろう?」と、私は思いました。
動くこと自体の中に「喜び」があり、踊ることそのものの中に「楽しさ」があるということを、私はどこかで忘れてしまったのです。
最初は「小さな勘違い」だったのだと思います。
高校時代の私は、楽しさのあまりずっと練習し続けたことで、徐々に上達していきました。
そうして、前は私のダンスを「酷評」していたクラスメイトも私を認め出したのです。
私は徐々に、「楽しさ」のための踊るのではなく、「評価」のために踊るようになっていきました。
やがては、「楽しさ」をまるで感じられなくなり、ダンスは「評価」を得るための道具に過ぎなくなってしまったのです。
日の暮れた公園で一人で身体を動かしていると、私は徐々に活き活きしてきました。
エネルギーが「内側」から湧いてきて、私は一人で楽しみながら動き続けたのです。
それからというもの、日が暮れる頃になると、その公園に行って一人でダンスの稽古をするようになりました。
もはや私は「誰かに評価されるため」に踊っておらず、ただ「自分の楽しさのため」に踊っていました。
私はやっと「外側」ではなく「内側」に動機を持って踊れるようになったのです。
そんな生活をしばらく続けていると、心と身体が元気を取り戻し、私は働いてみたい気分になってきました。
それで、近所のスーパーのバイトに応募して無事採用され、社会に戻っていったのでした。
とはいえ、その後も私は「内側の楽しさ」を何度も忘れてしまいました。
ただ、その度に「自分は何か大切なものを失っている」と感じては、再び「内側」に戻っていき、最終的に、去年の年末に「内側」に完全に定まりました。
正確には、「内側」と「外側」という区別そのものが消滅したのですが、これらの詳しい経緯については、自伝に全部書いたので、興味のある人は読んでみてください。
ともあれ、私たちの動機というのは、生きるにしたがって「外側」から「内側」に移っていくものなのではないかと思います。
逆に、若い頃は「内的な幸福」を重視していたのに、老年になってから「世俗的な成功」を求め始めるというケースに私はお目にかかったことがありませんし、うまく想像もできません。
そういう意味では、「内向的になる」ということは、「人として成熟する」ということでもあるのではないかと思います。
ここで言う「内向的」というのは、「生きることの価値を外側ではなく内側に置いている」という意味です。
先ほども書きましたが、生きることの意味や価値を「外側」に置いてしまうと、その人はどこかで燃え尽きてしまいます。
逆に、人生の意味や価値を「内側」に見出している人というのは、多かれ少なかれ、そのような「燃え尽き」を経験したことのある人なのではないかと思います。
そういった人々は、「外側」に動機を置くことの「虚しさ」と「脆さ」を身をもって知っていると思います。
「本当に大事なもの」は、「外側」ではなく「内側」にあると彼らは知っているように、私の目からは見えるのです。
美味しいご飯を味わって食べ、風を感じながら散歩をして、「今日もいい一日だったなぁ」と感じながら眠りにつく。
そのような日々には、「偉大な達成」も「人目を引く功績」もありませんが、「確かな手触り」と「瑞々しい温もり」があります。
結局のところ、私たち自身を本当に満たすのは、そういう「何でもない喜び」なのだと、私は思います。

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