当ブログの文章と筆者の著作物は全て著作権フリーですので、どうぞご自由にお使いください。

自由

エッセイ

「愛を放射する太陽」としての生き方|「幸福」とは、「ゴール」ではなく「原点」である

最近、何人かの読者の方から「生活の中にある小さな幸せに気づきました」というお便りをいただきました。こういうのはとても嬉しいですね。別に、私の言った通りのことをしなくてもいいのです。私と同じ意見を持つ必要もありません。いつも言っていますが、私...
エッセイ

「いかなる主義も持たない」という主義|「自由教」の信者として、誰もがただ独り生きる道

ここ数日、立て続けに複数の読者の方とネット上でやり取りする機会があり、読者の温度感がなんとなく伝わってきました。私が思っていた以上に、「温度の高い読者」が多かったようです。つまり、かなり「熱意」を持って読んでいる人が実際に存在することがわか...
エッセイ

「悟り」に「自分の欲求」を投影する人々|自分の中の「最も根源的な欲求」を理解する

先ほど、また読者の方とメールでやり取りをしていたのですが、あらためて「悟り」というのは、「罪な言葉」だと思いました。そもそも、「悟り」という言葉には、何千年にもわたって非常に多くの手垢がついています。たとえば、「悟り」というと、何か「超常的...
エッセイ

ただ「幸福」になってください|真理の探求の後半戦は「幸福感」によって意志を溶かす旅である

昨日、ある探求者の方とメールでやり取りをしていて、その人から改めて気づかせてもらったことがあったので、ブログでも共有したいと思います。私はこのブログで「別に悟らなくてもいいんですよ」と言うことがありますが、そうはいっても、迷いや疑いを抱えて...
ブログ記事

【久々に注意喚起】ブログは無理して全部読まなくていいです|あくまで「自分の心」に従うこと

最近、私の執筆ペースのギアがまた一つ上がった感じがするので、ぼちぼち注意喚起の記事を書いておこうと思います。この一ヶ月ほどの私は、週刊ペースで五万字~十万字ある本をポンポン出しつつ、それと並行してブログにも毎日五千文字~一万文字くらいのボリ...
エッセイ

「深刻さ」を捨てて、「真剣」になって遊ぶことの意味

私は現在、毎日3つとか4つの記事を投稿し続ける生活を送っています。でも、別に「毎日記事を書かないといけない」と思ってはいません。ただ、なぜかたまたま、毎日「書かずにはいられない必然性」を内側に感じるだけなのです。たとえば、私が部屋でボケーっ...
エッセイ

人は「透明」になった時、「自分の色」に辿り着く

大人になってから検査をしてわかったのですが、私には発達障害的な特性があります。診断名としてはASD(自閉症スペクトラム症)で、他人の気持ちに共感する能力や、話の文脈を理解する能力の欠如を伴います。同時に、「特定のルーティン」に強いこだわりを...
エッセイ

禅宗における「見性」について|「覚醒」の中で生きる人だけが「生の美しさ」を知っている

新刊の「現成公案げんじょうこうあん・解説本」のkindle版原稿を「ほんわっかぱっぱ」と編集しているのですが、今回の本で、たぶん読者がいちばんつまづくのが、「見性けんしょう」について書いた部分だと思います。「見性」というのは禅宗の言葉で、「...
エッセイ

相手を抱きしめる二つの仕方|「自由」を縛れるものは、この世に一つも存在しない

私はいつも、「自由こそが最も価値のあるものだ」と言っています。だからこそ、私は「読者の自由」も尊重します。私は、読者がなるべく「こうしなければならない」という束縛を内側に感じなくて済むように、いつも言葉選びに気を使っているのです。たとえば、...
エッセイ

「自分の心」と踊るということ|感受性を殺さず生きるために

先月、初めての本をAmazonで出版してから、約半月が経ちました。この半月の間に、計6冊(それぞれkindle版とペーパーバック版の合計12バージョン)を発刊し、今までにそれらが、全部で30冊売れています。また、kindle unlimit...