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自由

エッセイ

人は、真に「無私」になった時、「天」の導きに従って、ただ「為すべきこと」を為すようになる

私は文章を書く時は、基本的に何も考えないことにしています。多くの人は、文章を書くことを「考えること」だと思っているでしょうけれど、私にとっては違うのです。言葉は「向こう」から勝手にやってきます。それは私に意図してコントロールすることのできな...
エッセイ

「現実」と「虚構」のオセロ|「身体に根付く者」と「頭で思索する者」の対比について

自伝を書いていて思ったのですが、私の言っていることは、頭だけで考えている人には「空疎な綺麗ごと」に聞こえるのではないかと思います。私は「幸福」とか「自由」という言葉を頻繁に使いますが、これらの言葉を「頭だけで思索する人々」は「実体のない虚構...
エッセイ

「内なる父」と「内なる母」が一つになる時、人は本当の意味で「大人」になる

この世には「父性原理」と「母性原理」というものがあります。これら二つの原理は「陰」と「陽」とに分かれており、「父性原理」は「陽」を司つかさどり、「母性原理」は「陰」を司っています。そして、私たち自身の精神も、これら「陰陽」両方の要素によって...
エッセイ

「内なる動物」が持つ輝きを失わないために|ハンナ・アーレントの三分類から見る「身体性」

◎「快の感覚」に従って「動物的」に生きる最近は、「腹が減ったら食べて、眠くなったら寝る」という「野生動物」みたいな生活をしています。なので、お腹が減らない日は無理して食べないので、「一日一食」とかのこともあります。逆に、お腹がよく空く日は、...
エッセイ

「自由な生」とは義務ではなく、その人自身の命が導く必然である

私はブログや書籍の中でよく「身体の声を聴きましょう」ということを言います。たとえば、「今、何を食べるべきなのか」は身体が知っているので、頭で栄養素を考えたりせず、身体が欲しているものをこそ食べたら健やかになれると、私としては思うのです。でも...
Q&A

「自我」と「魂」の間で生じる綱引き|苦しみと向き合うことで、自動的に理想は放棄される

先ほど、読者の方とメールでやり取りをする中で、非常に重要な論点について触れたので、ブログでも共有しておこうと思います。このところは「身体論」の記事が多かったですが、今回は久々に「真理の探求」についての話です。そのメールでやり取りをした方は、...
エッセイ

全ての作為を捨てた時、「起こるべきこと」が起こり始める

さきほど、新しく気づいたことがあるので、共有しておきたいと思います。昨夜は、深夜の12時ごろに目が覚めて、それから書籍の原稿を推敲していました。それから、推敲にいくらか区切りがついたので、昨日Xでポストした短い洞察を新しい原稿にまとめる作業...
エッセイ

「内側の牢獄」の鍵の在り処

技法の解説書の原稿がとりあえず最後まで書けたので、一休み中です。やはり、こういう「手ぶらの時間」がないといけません。読者の方の中には、私が休みなしでずっと書いてばかりいると思っている人もいるかもしれないですが、全然そんなことはなくて、私は「...
ブログ記事

【進捗報告】「跡形のない悟り」をどこまでも表現し続ける

あいかわらず執筆を続けています。それで、書くべきことも残り少なくなってきたので、タイトルを決めました。『「自由」とは、深く息ができるということ―呼吸と瞑想で「内なる光」を生きる』これにしました。この本のテーマは「自由」であり、「自由の定義」...
ブログ記事

野生動物の「擬死」に見る解放の道|身体の硬直は「震え」によって破壊される

先日、身体的な「ブロック」と感情の抑圧との関係性について、記事を書きました。「身体のブロック」と「抑圧される感情」との関係|私たちが「生きる力」を失う理由そもそも、私たちは社会生活の便宜上、全ての感情を表現するわけにはいきません。たとえば、...