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幸福論

ブログ記事

「自由」とは、「深く息ができる」ということ|プロフィールページ刷新のお知らせ

最近、認識に大きな変化があったため、プロフィールを一から書き直しました。筆者プロフィールその認識の変化とは、「悟りを絶対視しなくなったこと」です。以前は、「人が苦しみから救われるには、絶対に悟りという『ゴール』まで辿り着かないといけない」と...
ブログ記事

「自由に踊る」ってなんだ?「しなやかでたくましい無垢」へと至るための探求

◎「やべー人」との出会いこのところ、「自由」をテーマにして記事を書くことが多いのですが、考えてみれば、私はずっと「自由」を求めて生きてきたような気がしないでもないです。私が初めて「自由」というのを意識したのは、19歳の時でした。その時、私は...
ブログ記事

「あなたの光明」を表現してほしい|「真理」という概念を追わず、「自由」という感覚を問う

◎「サット・チット・アーナンダ」は探求を助ける「概念」に過ぎない最近、認識にかなり大きな変化がありました。読者の方と質疑応答をする中で、「悟りとは何なのだろう?」と改めて問い直したことが、きっかけとして大きかった気がします。詳しくは、こちら...
ブログ記事

「個人の幸福」に敵対する社会|「幸福」を選び取る勇気と、やがて巡り合う仲間たち

今回は、「幸福を選択することの難しさ」について書こうと思います。ただしそれは、「現代社会は複雑なので、幸福な社会生活を送るのは難しい」といったような話ではありません。確かに、今の日本は価値観の多様化が進んで、「どう生きるのが幸福なのか」とい...
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「猫」とは「自由な心」のメタファーである|沢庵禅師が語る「内なる猫」との付き合い方

X(旧Twitter)と、このブログにおける私のプロフィールアイコンは「猫」の画像にしているのですが、今回は「なんで猫にしているのか?」という理由を書いてみたいと思います。まあ、半分くらいは「昔から猫が好きだから」なのですが、もう半分の理由...
Q&A

【Q&A】「PNSE(継続的非記号体験)」についての個人的な見解

先日、読者の方から質問のメールをいただきました。質問者に確認したところ、「質疑応答を公開してもOK」という許可をいただけましたので、ブログ上で公開し、読者の皆さんと共有したいと思います。なお、今回の質問者のお名前は、ここでは「Aさん」とさせ...
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「絶望」とは何か?「希望」にしがみつくことをやめた時、人は「絶望」を通じて生まれ変わる

「絶望」という言葉を聞くと、あなたはどんなイメージを持ちますか?「絶望に打ちひしがれる」なんていう表現もありますが、「絶望するのはとても苦しいことだ」と思っている人も多いのではないでしょうか?しかし、「絶望」というのは決して「悪いもの」では...
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「瞑想」と「瞑想法」の違いについて|「瞑想法のアスリートたち」が直面するデッドエンド

あなたは何らかの瞑想法を実践していますか?呼吸や眉間に集中する瞑想をしている人もいれば、ヴィパッサナー瞑想やマントラ瞑想をしている人もいるかもしれません。こういった瞑想の技法やメソッドを実践すると、当人は思考や感情が静かになったり、心身が安...
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「倫理的」とはどういうことか?哲学者と探求者それぞれの「倫理」に関する向き合い方

かつて、池田晶子さんという哲学者がいました。もう亡くなられてしまったのですが、彼女は「哲学エッセイ」というジャンルを作った草分け的存在と言われています。そんな池田さんは、ある著書の中で「道徳」と「倫理」という言葉について、自分の中で明確に使...
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悟ることができるのは「傑出した人物」だけなのか?探求とは「究極の平凡さ」へ向かう旅である

前回の記事で私は、「全ての覚者が常に『知的』であるとは限らない」と書きました。「覚者」を見分ける二つの基準|「雄弁な無知者」と「口ごもる知者」のパラドクス「覚者というのは深い叡智を宿した人であり、必ずや知的で学識のある人のはずだ」と思ってい...