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OSHO

エッセイ

【道元に対する批判】真の意味での「現成公案」を目指して

現在、道元の「現成公案げんじょうこうあん」のフレーズを個人的に解説する本を書いているのですけれど、後年の道元は、「現成公案」で書いていたことと反することをしていたように私は感じています。そもそも「現成公案」というのは、「目の前に現れている真...
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OSHOが語る二つの「知」|自分の内側を掘り続けることで「普遍的な智慧」にアクセスできる

昔、OSHOという覚者が「『知』には二つのタイプがある」と言っているのを、どこかで読んだ記憶があります。前の引っ越しで本を処分してしまったので、確認することができないのですが、たしかOSHOは「知」を「池のようなタイプ」と「井戸のようなタイ...
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「至福」と「エクスタシー」の違いは何か?「エクスタシー」という名の「悟りの一瞥」について

世の中では、「薬物を使用することによって、『悟り』と同じ精神状態を作り出すことができる」と言われることがあります。私自身はドラッグなどを使った経験はありませんが、「強烈な歓喜」のような激しい感情を味わうことで、一時的に解放感を感じることがで...
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「善」と「悪」の鎖を断ち切る方法|「無分別」に至るために「事実」に留まることの意味

◎「わかった気」になりたがる私たち今回の記事では「分別(ふんべつ)」という言葉について考えてみたいと思います。「分別」というのは、もともとは仏教の言葉で、物事を二元的に分割して考えることを意味します。たとえば、「善」と「悪」、「自分」と「他...