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瞑想

エッセイ

「限界の床板」を踏み抜く|約一週間で三冊の原稿が完成しました

現在、怒涛の勢いで著作物の刊行作業が進行しています。具体的には、この約一週間で三冊分の原稿が完成しました。もともとブログやXで書き溜めていたものをまとめた部分もありますが、新たに書き下ろしたものも多く含まれています。特に、最新の「断章集・第...
エッセイ

全ての作為を捨てた時、「起こるべきこと」が起こり始める

さきほど、新しく気づいたことがあるので、共有しておきたいと思います。昨夜は、深夜の12時ごろに目が覚めて、それから書籍の原稿を推敲していました。それから、推敲にいくらか区切りがついたので、昨日Xでポストした短い洞察を新しい原稿にまとめる作業...
ブログ記事

【進捗報告】「跡形のない悟り」をどこまでも表現し続ける

あいかわらず執筆を続けています。それで、書くべきことも残り少なくなってきたので、タイトルを決めました。『「自由」とは、深く息ができるということ―呼吸と瞑想で「内なる光」を生きる』これにしました。この本のテーマは「自由」であり、「自由の定義」...
ブログ記事

【執筆の進捗報告】折り返し地点を過ぎました

あいかわらず、マイペースに書籍の執筆を続けています。今朝は一気に第六章を最初から最後まで書き切りました。この章は呼吸法の第二段階である「静の実践」について解説している部分です。なお、この第二段階の実践内容についても図にしてまとめたので、チラ...
エッセイ

執筆と坐禅を行き来する「命の呼吸」という名の永久機関

今、けっこう面白いことを発見したので、共有するために記事を書いています。私は現在、ブログの記事に書き下ろし原稿をつけて本を作っているのですが、ずっと書き続けてばかりいると、だんだん思考や身体が凝ってくるものです。そうしたら、思い切って書くこ...
エッセイ

瞑想とは「頑張ってするもの」ではなく、「楽しんだ結果、訪れるもの」である

ここ数日、久々に坐禅にハマっています。私は坐禅をする時はいつも、脚は結跏趺坐けっかふざを組んで、手は法界定印ほっかいじょういんの印を結びます。これは、伝統的な坐禅のスタイルですが、結跏趺坐は股関節の柔軟性がないとなかなかキツイ組み方かもしれ...
ブログ記事

「観察する」のではなく「味わって遊ぶ」ために|瞑想会でおこなう内容の方向性について

最近、認識が変化したことで、瞑想会でおこなう内容についても、「いわゆる瞑想」にこだわらなくてよいのではないかと思い始めました。以前は、基本的に「黙って坐る」というイメージを持っていたのですが、今はそれよりも、まず参加者一人一人の感覚を開きた...
Q&A

【Q&A】忙しい生活の中で、どうやって瞑想的に暮らしたらいいのか?

今回はQ&A記事になります。質問をしてくださった方は、ここではBさんと呼ばせていただこうと思います。ただ、Bさんからの最初のメールは個人情報が満載なので、そのまま公開するのは避けようと思います。代わりに、私のほうでBさんが置かれている状況や...
Q&A

【Q&A】実践中に恐怖を感じた場合、どうしたらよいのか?

前回の記事で、PNSE(継続的非記号体験)について質問をしてくださったAさんから、また追加で質問をいただきました。なお、前回の質疑応答の内容は、以下の記事からご確認ください。【Q&A】「PNSE(継続的非記号体験)」についての個人的な見解新...
ブログ記事

「自分の恐れ」を恐れない|「確認できること」と「確認できないこと」を区別する瞑想的観察法

今回は、瞑想について、どちらかというと「テクニカルな事柄」を書いていきたいと思っています。つまり、瞑想の実践をする上で、知っていると役に立つ「テクニック」をご紹介するつもりです。といっても、それは「どうやって瞑想の対象に集中するか」といった...