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真理

エッセイ

【新作の全体像の報告】虎の威を借る「教師」たちと「真理」を共有する「師(マスター)」たち

一昨日から書き始めた「道元の現成公案解説本」ですが、全体像が少しずつ見えてきました。どうもこんな流れになりそうです。道元自身の探求の旅を辿り、彼のルーツを理解する道元の言う「自己をならふ」の意味を理解する「自己をならふ」の第一段階としての「...
エッセイ

【新刊執筆中】「命の声」に耳を澄ませるための入門書として

昨日から書き始めた新刊の「身体論と感覚技法の書」が、既にA5サイズの原稿で140ページほど書けました。イメージとしては、「心と身体の声を聴くための入門書」という位置づけを考えており、ボリュームとしても200~250ページに収めて、サクッと読...
ブログ記事

「あなたの光明」を表現してほしい|「真理」という概念を追わず、「自由」という感覚を問う

◎「サット・チット・アーナンダ」は探求を助ける「概念」に過ぎない最近、認識にかなり大きな変化がありました。読者の方と質疑応答をする中で、「悟りとは何なのだろう?」と改めて問い直したことが、きっかけとして大きかった気がします。詳しくは、こちら...
ブログ記事

私の言葉に束縛されないように|「相対的な真実」に固執せず、「読後の解放感」を大事にする

今回はちょっとした注意喚起と言うか、「私の言うことを信じ込まないように」という話をしたいと思います。もちろん、「技法のやり方」などについては、なるべく忠実に私が言った通り実践してほしいと思っています。ですが、それは「道具を取扱説明書の通りに...
ブログ記事

「覚者」を見分ける二つの基準|「雄弁な無知者」と「口ごもる知者」のパラドクス

「真理」を悟るということを、「賢くなること」だと思っている人はいませんか?つまり、「『真理』を悟ると、常人には計り知れない叡智をその身に宿すようになるに違いない」とイメージするわけです。でも、本当のところはどうなんでしょうか?実のところ、「...
ブログ記事

【注意喚起・再び】「技法の森」の中で迷子にならないために|技法はしょせん「道具」と心得る

◎「ある教え」と「別の教え」の間で引き裂かれた経験連載記事以外の単発記事もいくらか数がそろってきたので、そろそろ注意喚起も兼ねて記事を書いておこうと思います。連載記事の中でも一度書きましたが、私の記事はあんまりたくさん読み過ぎないほうがよい...