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探求

ブログ記事

【新作進捗報告】「教師(ティーチャー)」と「師(マスター)」の違いについて

自伝の出版もできたので、次作の「道元解説本」を書いています。とりあえず、今朝の執筆で「まえがき」と「第一章」が書き終わりました。今のところ、文字数は一万文字ちょっと。予想では、五万文字くらいでフィニッシュするのではないかと思いますが、これば...
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「精神的な問題」を抱えながら探求はできるのか?精神科医療の限界と探求の必要性について

あなたは、何か精神的なトラブルを抱えていますか?私自身は、過去に数々の精神的なトラブルを抱えて苦しんでいたことがあります。たとえば、自殺未遂をして精神科に強制入院することになった経験が二度ありますし、街中でひどいパニックの発作を起こし、通行...
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「我」が強いと探求はできないのか?探求を始めることができるのは「強固な自我」の持ち主だけ

私はいつも、「『自我』の言うことを信用してはいけない」とか、「探求の過程で『自我』は希薄化していく」とかいったことを書いています。こういった話を聞くと、人によっては「『自我』が強い人は探求に向いていないのかな?」と思うかもしれません。「自分...
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「倫理的」とはどういうことか?哲学者と探求者それぞれの「倫理」に関する向き合い方

かつて、池田晶子さんという哲学者がいました。もう亡くなられてしまったのですが、彼女は「哲学エッセイ」というジャンルを作った草分け的存在と言われています。そんな池田さんは、ある著書の中で「道徳」と「倫理」という言葉について、自分の中で明確に使...
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いつになったら「悟った」と判断していいのか?探求の過程で陥りがちなピット・フォール五選

前回の記事で、「覚者というのは独善的なのか?」ということについて論じました。覚者は「独善的な人間」なのか?「歪められた自己認知」と「徹底した自己観察」を対比する論考覚者は誰か他人から「悟り」を承認してもらうわけではなく、自分自身で「悟った」...
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「真理」を理解するのに努力は必要なのか?努力が意味を持つ人と、努力が障害になってしまう人

あなたは、努力することに意味を感じる人ですか?それとも、「努力しよう」という意志やモチベーションがあまり湧かない人でしょうか?今回の記事では、「真理を理解するのに技法の実践は必要なのか?」ということを考えたいと思います。かく言う私自身は、合...
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【注意喚起・再び】「技法の森」の中で迷子にならないために|技法はしょせん「道具」と心得る

◎「ある教え」と「別の教え」の間で引き裂かれた経験連載記事以外の単発記事もいくらか数がそろってきたので、そろそろ注意喚起も兼ねて記事を書いておこうと思います。連載記事の中でも一度書きましたが、私の記事はあんまりたくさん読み過ぎないほうがよい...
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【あとがき】「わかる」は楽しいが、「わかったつもり」では人はなかなか変われない

ずっと書いてきた連載が、ようやく完結しました。連載目次文字数を集計してみたら、全部で13万文字弱もありました。全部読んでくださった方は、本当にお疲れさまでした。◎「わかる」ということそれ自体が持っている楽しさ今回は、連載もやっと終わったとい...
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【第1回】満たすべき「自分」はどこにいるのか?

連載の第一回目の記事を投稿します。私はこれからこのブログで、「『自分自身』に深く根付くための方法」を書いていってみたいと思っています。でも、それはいわゆる自己啓発とかではありません。私がお伝えしたいのは、「そもそも『真の自己』とは何か」を理...