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学び

エッセイ

「覚醒」さえあれば、全ては「時間の問題」である|「自分がしていること」の自覚に至る道

私たちは、他人にアドバイスをしたくなることがよくあります。そもそも人は、「自分の問題」というのは自覚しにくいものですが、「他人の抱えている問題」については、距離を取って観察することが容易です。それゆえ、他人については「もっとこうしたらいいん...
エッセイ

人々の危機感を煽る存在|私はある意味「詐欺師」と同じである

フェイスブックの広告を見ていると、怪しいのがけっこうあります。それは、「これからの時代、この技術がないと生き残れない!」とかいった煽り文句で人を呼び込んでいるタイプのもので、一見すると、無料特典がたくさんついていてお得そうなのですが、たぶん...
エッセイ

「成長する意志」を挫ける者はどこにもいない|「自分の責任」を自覚する人は「成長する自由」を生きられる

今回は、皆さんにとってちょっと「耳の痛い話」をします。「ちょっと」どころか、人によっては「激痛」になるかもしれません。私としては、特定の個人を攻撃する意図は無いですが、人によっては読んでいて苦しくなるかもしれないので、読む人はあらかじめ覚悟...
エッセイ

私が「ルール」を作らない3つの理由|人は「教え」からではなく「自分の経験」から学ぶ

私は「こういう時はこうするように」とか、「この場合はこうしないといけない」とかいった形で、「規則」や「戒律」みたいなものはなるべく書かないようにしています。そこには主に以下の三つの理由があります。そもそも私に「人を言う通りにさせたい」という...
エッセイ

かつて、「ダンスの師」の背中から学んだこと

ついさっき、フェイスブックを見ていたら、高校時代のブレイクダンスの恩師のアカウントを見つけました。吉川太ふとしさんという方なのですが、彼は自身の師から「胴体力」という、少林寺拳法とヨーガをミックスして作られた技法を受け継ぎ、これを若者たちに...
エッセイ

どうしても黙っていられないこと|「規格外の読者」との出会い

ダメだ…、どうしても黙っていられないので言わせてください。ここ数日、ある読者の方とやり取りをしているのですが、その人は私のことを「先生」と呼んでいます。でも、その人は私よりずっと年上で、社会的な地位もある方です。にもかかわらず、何十歳も年下...
エッセイ

人は生きることを通して「覚醒」し、「覚醒」が人を成長させる

「覚醒」の副産物の一つに、「学習能力」があります。ちなみに、ここで言う「学習能力」というのは、「記憶力」とかのことではありません。たとえば、「学校で教師から言われたことを忠実に憶えていられる」とかいったことではなく、それは純粋に、「失敗から...