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かつて、「ダンスの師」の背中から学んだこと

ついさっき、フェイスブックを見ていたら、高校時代のブレイクダンスの恩師のアカウントを見つけました。

吉川ふとしさんという方なのですが、彼は自身の師から「胴体力」という、少林寺拳法とヨーガをミックスして作られた技法を受け継ぎ、これを若者たちに伝承していました。

太さんは、「胴体力」の伝承者としてブレイクダンススクールを開き、口コミでその存在を知ったごく少数の者だけが、そこに出入りして教えを受けていたのです。

そんな当時の太さんのスクールでは、他のダンススクールでは絶対に習えないような「秘伝」が伝えられていました。

そして、当の太さん自身は、レッスンの中で見本を見せる時、ブレイクダンスの豪快な技を、息一つ乱さず、物音も立てずにおこなっていたものです。

しかも、太さんは技をしながら、やり方の説明まで口頭でしていたのです。

その説明は非常にわかりやすく説得力もあったのですが、それよりも、そうして落ち着いた口調で喋りながら、同時に目の前で現に強烈な動きをしている太さんの姿との間に落差があり過ぎて、最初のうちは驚いて話がうまく入ってきませんでした。

太さんは、「この瞬間に、身体のここをこうしてね」とフレンドリーな口調で話しながら、身体は豪快に旋風を巻き起こしていました。

つまり、太さんは動いている間、一瞬も息を止めていなかったのです。

きっと、「力み」を完全に去って、自然体で技をしていたからこそ、「普通に話をしながらブレイクダンスを踊る」ということができていたのでしょう。

そんな姿を見て、「この人は次元が違う」と私は思ったものです。

しかし、太さんは全然自分からは宣伝というものをしなかったので、世の中ではその活動がほとんど知られていませんでした。

生徒の数はいつも2~3人くらいしかおらず、新しい人が入ってくることもほとんどありませんでした。

私はそれを「惜しいことだ」と思いました。

「この人はもっと世間から認められてしかるべきだ」と思ったのです。

ですが、当の太さん自身はいつも、「来る人が来ればそれでいい」という風でした。

むしろ、自分のほうからがつがつ宣伝したりすることは、したくなさそうでもありました。

たぶん、まだ高校生だった当時の私は、そういった太さんの「美学」に感化された部分もあったと思います。

「他人がどう思おうと、自分は自分だ」という「芯の通った在り方」を、私は太さんから学んだように思うのです。

また、太さんはいつもレッスンノートをつけていて、そこには個々の生徒の課題や、太さんからのアドバイスなどが書かれていました。

レッスン生はそれを自由に見ることができ、かつての私も、そのノートを見て、自分の課題や太さんからの助言を確認してレッスンに臨んでいたものです。

そして、これもまた、今の私が瞑想会に来る人の「カルテ」を作成していることにつながっています。

私は瞑想会の参加者一人一人には、事前にメールでヒアリングをおこない、個別に「カルテ」を作っているのですが、これは間違いなく、太さんの影響ですね。

なんだかんだで、私も色々な「師」から影響を受けているのだと思います。

私には他にも、ダンスの師が太さん以外にもう二人いて、合氣道の師も一人います。

また整体について学んだ師が一人いて、本を読んで「この人を師としよう」と決めた人も三人ほどいます。

短期間ですが、気功を習った師もいますし、ボディワークを習った師もいました。

そして、最終的に山家直生なおさんという探求の師と出会い、去年の年末に「真理の探求」を終えるに至ったのです。

それにしても、過去の私は実にいろいろな人から学んだものだと思います。

私の場合、「一つの道を歩き続ける」ということがどうしてもできなくて、師から師へと渡り歩くことになりました。

でも、別にそれも「悪いこと」ではなかったのではないかと思っています。

色々な道を歩いたからこそ、結果的に今の私は、「同じ一つのこと」について様々な切り口で語ることができますし、だからこそ、多くの人に届けられる言葉が書けているのではないかと感じるのです。

もちろん、世の中の多くの人は、私の書いているような話題に興味を持っていないでしょうけれど、少なくとも私はそれを、専門用語で語ることはなるべくしないように意識しています。

たとえば、最近の私は、「心」とか「頭」という言葉を使って説明することが増えていますが、こういった一般的な言葉を用いて説明するほうが、専門用語を多用するよりも、かえって物事の本質を深くえぐって、人々に提示できるのではないかと、私は考えています。

ただ、使う言葉が一般的な単語になればなるほど、そこには「手垢」もいっぱいついていますので、それをどう落とすかが「きも」になります。

でも、ある意味で、それこそが私の一番やりたいことでもあるのです。

人々が「当たり前」だと思っている価値観を揺さぶって、無意識に握りしめていたものを手放せるよう刺激すること。

それが私のやりたいことです。

言い換えれば、「人々の意識を自由にすること」が私の活動の目的なわけです。

そして、そのためにはまず、私自身が「自由」でなければなりません。

固定観念を手放し続け、自分が使う言葉についた「手垢」を落とし続ける。

そうして初めて私は「自由」であれますし、結果的に、そんな風に私自身が日々呼吸している「自由の味」が、他人のことも「自由」にできるはずだと思っています。

なので、結局、私たちは「自分」から始めるしかありません。

「人を自由にしたい」と思ったら、まず自分が「自由」になる必要がありますし、「人を愛したい」と思ったら、まず「自分を愛すること」を学ぶ必要があるでしょう。

自分で体現できて初めて、私たちはそれを誰かに与えられるのではないかと思います。

そういえば、私のブレイクダンスの恩師であった太さんは、フェイスブックのアカウントを見たら、いつの間にか「気功整体師」になっていました。

かつて若いダンサーたちに拳法とヨーガの「秘伝」を伝えていた人が、今は気功と整体でもって人を癒すことをしているようです。

私たちもこれくらい「自由」であっていいのではないかと思います。

たとえ世間の人々がそれを知ることがなかったとしても、きっとそれをずっと覚えていてくれる人がいるはずです。

なぜなら、「自分の道を歩く人の背中」を、人は忘れないものだからです。

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