「氣」の操作や、超自然的な能力について論じた記事をまとめています。
エッセイ 丸二か月で百万文字のアウトプット達成|真の創造性は「遊び」の中で開花する
今日で、私がこうしてブログで情報発信をするようになってから、丸二か月が経ちました。最初は、noteで本名を隠してこそこそと書いていたのですが、途中から「もっとバンバン情報発信したいぜー!」と思うようになり、本名を公開して独自ドメインも取得し...
エッセイ 「天に従う」ということの意味と、世間に広がる「スピリチュアル」に対する批判
私は最近、「天に従う」という表現をよく使います。「もしも天に身を委ねれば、『起こるべきこと』が起こるだろう」とも言います。それゆえ、人によっては、私の言うことをいわゆる「スピリチュアル系の話」として受け取るかもしれません。しかし、これについ...
エッセイ 人は、真に「無私」になった時、「天」の導きに従って、ただ「為すべきこと」を為すようになる
私は文章を書く時は、基本的に何も考えないことにしています。多くの人は、文章を書くことを「考えること」だと思っているでしょうけれど、私にとっては違うのです。言葉は「向こう」から勝手にやってきます。それは私に意図してコントロールすることのできな...
ブログ記事 「生命の秘密」へ続くマスターキー|「快の感覚」に導かれ達成される「調心・調息・調身」
最近、「深く息をするのが大事だ」とよく書いています。しかし、「深く息をすること」と「大きく息をすること」は、実は別のことです。「深く息をしましょう」と言うと、「要は深呼吸しろってこと?」と思うかもしれませんが、別にそういう話でもないんですね...
ブログ記事 武道における「自立」について|コントロール欲求を手放したとき、初めて相手は動き出す
今回は、久しぶりに「武道論」を書いてみたいと思います。武道については過去に二つ記事を書いています。武道における「不動心」とは何か?瞑想の実践が深まることで、「戦う理由」は消滅する【筆者の失敗談】探求で出会う「よくある罠」|「霊的な覚醒」は悟...
ブログ記事 いつになったら「悟った」と判断していいのか?探求の過程で陥りがちなピット・フォール五選
前回の記事で、「覚者というのは独善的なのか?」ということについて論じました。覚者は「独善的な人間」なのか?「歪められた自己認知」と「徹底した自己観察」を対比する論考覚者は誰か他人から「悟り」を承認してもらうわけではなく、自分自身で「悟った」...
ブログ記事 【筆者の失敗談】探求で出会う「よくある罠」|「霊的な覚醒」は悟りに必要なのか?
あなたは「霊的な力」の向上に興味がありますか?たとえば、予知やテレパシー、波動や氣を操ったりするような能力です。真理を探求をしている人の中には、ひょっとすると「霊的な能力をひたすら高めていけば、その先に悟りがあるのではないか?」と思っている...
