今回は、最近の活動の成果について、ちょっと分析してみようと思います。
既存の読者の方はご存じかもしれませんが、5日前からyoutubeに動画を上げるようになりまして、今の時点で56本の動画が上がっています。
そのうち1本は、メルマガ読者のみの限定動画なので、実質的には55本ですね。
なお、55本の内訳は
レクチャー動画の切り抜きが9本
ラジオの切り抜きが31本
レクチャー動画の本編が4本
ラジオの本編が9本
ダンス動画が2本となっています。
つまり、55本中40本がショート動画です。
で、このショート動画をyoutubeがいろんな人に配ってくれたみたいで、合計で1.1万くらい再生数を稼いでいます。
おそらく、新しくショート動画を作り始めた人がいると、「視聴時間を稼げるクリエイターかどうか」を試験するために、youtubeがあちこちのユーザーへ動画を流すよう、アルゴリズムを組んでいるのでしょう。
とはいえ、ものがショート動画なので、ほとんどの人はすぐにスワイプしてしまうようです。
youtubeのアナリティクスに載っているデータによると、だいたい90%前後の人は、私のショート動画が出てきた瞬間にすぐスワイプして消していることがわかりました。
しかし、これは逆に言うと、
10%もの人たちが、私のような「得体の知れないおっさん」の話に足を止めたということです。
なんせ母数が1.1万ですから、その10%ととなると、約1,100人です。
これまでブログの訪問者が一日20人~30人くらいという規模で活動していたので、もう桁が違います。
で、その足を止めた人たちは、約一分間のショート動画を、平均して20~40%くらいまで観ているようです。
平均でそれなんで、実質的には、5人中1人~2人は最後まで観ているような計算ですね。
となると、1,100人の20~40%だから、220~440人くらいの人が、私のショート動画を最後まで観たような状況と言えるでしょう。
いやー、すごいですね、youtube。
見ず知らずの人にこれだけショート動画をばらまくyoutubeのアルゴリズムもなかなか大胆な挙動をしていますですが、足を止めて最後まで観た(であろう)220~440人の「見知らぬ人」も、世間の常識からどこかズレているのではないかと思いますね。
実際、私の話に足を止める人って、やっぱり「どこか変わっている」と思うので。
ともあれ、youtubeのほうで、新しい層との接触が起こっているようで、ブログのアクセス解析を見ると、この数日で、youtubeからのアクセスが12件記録されていました。
私はyoutubeチャンネルのプロフィール欄と、動画の概要欄にブログのアドレスを貼っているので、そこから来たのでしょう。
もしかしたら、もともとブログの読者だった人が踏んだのかもしれませんが、ショート動画から入って来た層も、おそらく含まれているはずです。
12件のだいたい半分くらいで、6人と見積もっておきましょうか。
となると、1.1万の人に配られた「チラシ」を手に取って、そのままショート動画を最後まで観たのが220~440人であり、そのうちの6人はブログまで辿ってきたことになります。
確率にして、約0.05%です。
人数で言うと、1人/1,833人になります。
約2,000人に1人の「選ばれし者」ですね。
計算してみると、なかなかすごい数字です。
とはいえ、うちのブログに集まる人は、既存の読者も含めて、みんなそれくらいの確率を越えてきた人たちばかりなんじゃないかと思います、ホントに。
みんな「どこか変」なんですよ、たぶん。
ということで、youtubeのほうから少しだけ人が流れてきています。
こういった人々が、ブログに「新しい風」を持ち込んでくれると、コミュニティが新陳代謝をして活性化するので、今後の動向にも注目したいところです。
しかし、このところ、新しい活動がずいぶん増えました。
OFUSEでのメルマガとラジオ配信の開始に、youtubeでのレクチャー動画やダンス動画の公開と、今まで文章一本だったのが嘘のような多角化が起こっています。
結果、ブログのヘッダーにあるメインメニューは、項目が増えて少しごちゃごちゃしてきました。
というか、これはもうブログじゃなくて、ホームページかもしれませんね。
いえ、ホームページと呼ぶにはあまりに流動的すぎるから、「ブログとホームページのハイブリッド」と言ったほうが近いようにも思います。
瞑想会の案内やら、刊行した書籍の紹介ページなんかもあるので、「ブログ」と呼ぶには「固定化された情報」が多すぎるし、記事や動画の更新スピードが速いので、「ホームページ」と呼ぶには流動的すぎるのです。
いずれにせよ、こういった「活動の多角化」に伴い、私という人間が、ますます「よくわからないおっさん」になってきているように感じています。
先日、メルマガでも少し書いていたのですが、みなさんは私のことを、誰か知人なり友人に向かって紹介する時、なんと言って説明します?
「湯浅和海というのは、こういう人なんだ」と一言で要約できる人は、一人もいないんじゃないでしょうか?
そもそも私は、ダンスの動画こそ上げていますがプロのダンサーじゃないですし、いちおう本も書いてますが利益より経費のほうが圧倒的に大きいので、プロの物書きとは言えないでしょう。
整体を習っていたことはありますが整体師じゃないし、気功も習っていただけで気功師じゃないです。
合氣道は三段をもらってますが、その審査をした師範から私は破門にされてるので、これもノーカンでしょう。
瞑想はこの15年くらいずっとやってきましたが、寺の坊さんでもなければ、ヨーガのインストラクターでもないです。
何も資格とか肩書は持っていないので、完全に「市井の一般人」です。
なので、結局のところ、「よくわからない変なおっさん」というあたりに落ち着くのではないかと思います。
世間的には、「わかりやすい肩書」があったほうが人から認知されやすいのでしょうけれど、幸か不幸か、私は「何者」でもなく、ただ「自分自身」であるだけなので、「肩書」というものを一切持ちません。
そのため、世間的には「40過ぎた無職のおっさん」に過ぎないわけです。
でも、そんな「ただのおっさん」の文章を毎日読みにやってくる人たちが何十人もいるわけで、「世の中というのは不思議なものだなぁ」とつくづく思います。
それはそれとして、こんな具合で活動が多角化していくと、「文章を読むのが好きだった」という層は、離脱していってしまうかもしれません。
確かに、ラジオや動画ではなく、文章でないと出せない「味」のようなものもありますからね。
なので、今後も文章を書くことは続けていこうと思っています。
昨日も、「哲学的な論考」を一本書きましたし、実際、ああいう話はやっぱりラジオだとしにくいように感じています。
そういう意味で、私にとっても「文章」という表現形式はまだまだ必要なものなわけです。
いずれにせよ、私は基本的に、「ニーズがあるからやる」というより、「自分がやりたいからやる」という傾向が非常に強い人間です。
その上で、「それでもいい」という奇特な人にだけ向かって、私は語るようにしています。
子どもの頃から、「人に合わせる」ということが大の苦手だった「社会不適合者」なので、もうこれはしょうがないです。
こればっかりは、今さら直らないと思いますね。
というわけで、今後も「やりたい」と思ったことをやり続けようと思いますので、「それでもいい」という奇特な方々は、一緒に歩いてくださると嬉しいです。
以上、最近の活動成果の分析と、現状についての感想でした。

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